勉強する理由がないけど勉強が出来る人の例

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どうして勉強しないといけないのか?

先生や親に理由を訊いても納得が出来ない

どんな勉強をしたら報われるのか?

 学校では漢文やら古文やら「これって将来本当に役に立つの?」と思える教科が沢山あると思います。その為、どうしてこの勉強をしないといけないのか?と疑念を感じ、勉強したいという気持ちが湧かなくて困る事があります。

 そしてそういう疑問を抱いて親や先生に同様の質問をしても

「さぁ?」

「勉強しないと良い会社、良い大学に行けないからよ」

「みんなやっているからに決まっているじゃない!!」

 と一応、答えてくれるけど、納得いく理由ではなくて、結局のところ仕方なくやっているのが現状だと思います。

 なぜ勉強しないといけないのか?ここではその理由を父と小学生の子供の二人との会話形式で「勉強する理由」について説明し、今後どのように勉強に取り組めば良いのか、その参考例を載せております。

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どうして勉強しないといけないのか?

 ねぇ、父さん、今、学校で漢文やら古文やら訳の分からない勉強をしているんですけど、学校の勉強ってやっても意味なくない?先生に訊いても納得いく理由を言ってくれなくて、正直勉強するのがダルイんだけど、どうして勉強しないといけないの?

 学歴で人を判断する社会になっているからだよ。お前はまだ大人になっていないからわからないだろうけれど、大人達がよく言う「良い会社に入りなさい」という言葉の裏には、この社会は人を頭の良さで判断している節があるからなんだ。

 大人は出来る限り頭の良い人と一緒に働きたいと思っている。しかし頭の良い人とはどういう人なのか?昔の人は色々考えた結果「試験で良い点を出せる人」が頭の良い人だと考えて、「では試験で高得点を取った人を優秀な人としよう」とそんな人を選抜していくシステムを作ったんだ。

 それが俗に言う、良い会社に入る為には、良い大学を卒業していて、良い大学に入る為には試験で良い試験を取らないといけないシステムで、だから大人は揃いも揃って「勉強しろ」という風習が出来たんだと思う。実際、俺達、親世代だと良い大学に出ているだけで有名企業から声がかかり就職出来たから、勉強が出来れば良い人生が送れる認識があったんだ。

勉強して良い大学に入っても報われない理由

 しかし父さん。学歴で人を判断すると言っておきながら、ニュースでは良い大学に出ても良い会社に入れない人がいるなんてよく聞くよ。言っている事と違うじゃん!

 確かに学歴で人を判断する社会だとは言った。だた最近は学歴だけで判断される時代ではなくなってきている。

 というのも確かに学歴が良ければ頭が良いのだけど、中には社会の役に立たない人がいる。例えばマニュアル通りにしか動かなかったり、人の命令ばっか訊いて自分は何も考えなかったり、場合によっては高学歴だというのを自慢して周囲から嫌われて孤立したりする人もいる。だから高学歴だからと言って社会の役に立つ人間という認識は薄れていて、本当に社会の役に立つ人間がどういう人なのか考えるようになっている。

 ウチの会社でもそのような選別をしていてな。例えば「勉強だけが取り柄の人は答えのない課題に取り組むのが苦手だ」と考えたりして、答えのない課題に対し、どう取り組むのかを見ている。例えば「お客さんを喜ばせるにはどうしたら良いのか?」「他の会社に負けない商品ってどんなモノなのか?」「同僚や上司と仲良くなって行く為にはどうしたら良いのか?」などだ。すると人は面白くてね。素直に分からないって言えば良いのに客や親戚を呼んで売上を上げるだったり、何度も何度も説明して納得させるなんて力技をしてくる人もいる。場合によっては他人のアイデアなのにあたかも自分のアイデアのように語っている人もいるから、この社会で生きていくのに水増しや、強要、そして犯罪まがいの方法を当たり前のように人前で言うのなんて社会に適していないからはねられる。学校や塾で学ばなかった事に対しては全く持って疎いというのが見えてしまうんだ。

 だから学校で学んだ事以外にこの人間社会で生きて行く為に必要な教養を身に着けているかを見てくるから、学校で学んだ事以外を身に着ける事が大切なんだ。

将来報われるようになる為にどんな勉強をすれば良いのか?

 では父さん、どんな事をすれば報われるの?

 人から感謝されるようになりなさい。この世の中で生きて行く為には「人」「モノ」「金」「情報」の4つが必要だとされている。まぁ、簡単に言えば自分が困った時に助けてくれる人や、この世界で戦っていく自分の武器(モノ)、そして金や情報を駆使して有利な立場を築いていく必要がある。だからこそ他人から手を差し伸べてくれるようになる為には、まぁ、色々あるけど他人から「助けたい」と思えるようにならないといけない。となると手っ取り早いのが人から感謝されるようになる事なんだ。

 そもそもビジネスというのは本質的な面で言えば、人を助けてそして感謝の気持ちとしてお金を貰う。そんな互恵関係で成り立っている。だから人から感謝される術を持っていれば、仕事をする事になっても「こうすればお客さんは喜んでくれるだろう」と判断出来てお金が手に入るようになる。それだけでなく上司や同僚から感謝されれば自分が生きていく為に必要な情報を提供してくれたり、窮地を乗り越えてくれるかけがえのない仲間になってくれたり、正に先の「人」「モノ」「金」「情報」が手に入って報われる人生を送りやすくなる。だから相手の気持ちに応えられる術は世の中に生きていく上で重要な要素になっているんだ。

 ただだからと言って、無償でそんな事を繰り返していけば「こいつを利用すれば俺は楽じゃん」と、他人の親切心につけこんで楽をしようとする人の世の中にいるから多様な禁物。しかしそういう事を繰り返していって信じられる人も出来るだけ見つけて、自分の周りを固めていく事。それが出来れば報われる人生になる確率はグッと高まると思うぞ。

 父さん、何となくですが、どういう風に生きれば報われるのか分かったよ。ただ具体的にどんな勉強をすれば報われるのかまだ分かっていない。どんな勉強をすれば良いの?

 それは俺でも、いや、世界中の人、誰もが知らないと思っている。だってそうだろう。どんな勉強をすれば報われるかなんて、そんなのお前が大人になった頃の未来、要は10年後、20年後の未来を当てるようなもんだからな。俺に仮に俺が20年前の大学生に戻れたとしても「どんな勉強をすれば良かったのか?」と考えても思いつかない。

 だって20年くらい前は「税金は絶対なくならない」と言われていて税理士の仕事を目指す人が多かったけど、今はITの進歩で税理士がやっていた複雑な計算なんて速くて正確で更に安く出来る。こうなってくるともう人間の税理士も危険になってくる。

 しかしだからと言って「じゃあITの勉強をすれば良いのだね?」なんて言ってもそれは違う。俺もITに挑戦してみたんだけど、ITにはHTML、CSS、Java、C言語、Python、Rudyなど様々な言語があって「どれを勉強すれば良いのだ?」という状態になっている。同じITなのに学ぶ科目が沢山あって、更にITって未だに発展途上だから、もしかしたら新しい言語がまた出てきて、今まで学んだITの知識が使えなくなる可能性だってある。実際あるし。だからお前が若いうちにそれを勉強しても大人になった頃には使えないモノになっているリスクがあるってことさ。

 挙句の果て、そうやって将来報われるであろう勉強が分かっても大抵は大勢の人がそれを学ぼうと躍起になるから競争が激しくなっていく。昔なんて「公務員は給料が安定しているから公務員になりなさい」って言う時代があってさ、そのせいで倍率が高くなって不合格者が続出し、報われにくい職業になった。もっと昔の話をすると「大学に出ていれば良い会社に入れる」って皆言うもんだから、大学が沢山出来て、そのせいで大卒者が沢山増えて、今なんて大学卒業したのに正社員になれるが3人に1人という時代になった。だから人気のある分野にはそれだけライバルがいて、それだけ生き残れる確率が低くなる。だから報われると思われていた分野もいずれ衰退する事になるから、正直何をすれば報われるのかっていう答えは何時まで経っても分からない事だと思うぞ。

学校の勉強をする理由とは?

 ・・・これを聞いて、「じゃあ、今、学校で習っている勉強をどうやって乗り越えれば良いのだろう?」とお前はそう感じたかもしれないが、まぁ、「どうして勉強するの?」と訊いている以上、今の勉強への向き方に違和感を感じているというわけだ。だから俺なりに興味のない分野でも興味を持つ方法というモノを伝授しよう。

 先ず1つ目は「勉強する理由を見つけるのを諦める」

 父さん、なんか酷い答えを言ってくれましたね。

 まぁ、聞け。世の中には「何でこんな事をしないといけないんだ」みたいな事を良く経験する。だから理由が無くても結果を出せるような精神というモノは備わっておかないといけない。実際、教育界においては勉強する内容を巡って大きな事件が起きた事がある。

 日本ではかつて「履修科目偽装問題」という事件があってな。要は進学校が生徒をよりよい学校に行かせる為に試験で有利に科目を重点に勉強させていたんだけど、国から指定されている受けないいけない科目を受けていなかったから「卒業出来ないじゃん」みたいな話になって大パニックになった事件があったんだ。

 まぁ、その後国から緩和策を用意してくれて卒業出来るようにしたんだけど、「漢文や保健など覚えても意味がなさそうなモノはカリキュラムから外すべきなのでは?」という声も上がって多分、検討はされたんだろうな。しかし今、お前が学んでいるカリキュラムを見て分かるように「どうして勉強しないといけないのか?」と思える科目が残っている。要は変えたくても変えられない事情というモノがあるんだなと考えるべきなんだ。

 こう言われるとお前は「大人の事情で今の子供は無意味な科目を受けている」と考えてしまうかもしれないが、「では将来役に立たない科目って具体的にどんなのだ?」と訊かれると「漢文、古典、世界史」など、試験範囲外の科目を言うけれど「本当にそう言い切れるの?」と訊かれると困るだろ。更に「根拠を示しなさい」「データを持って来なさい」など言われて、無論お前はそんな未来からデータなんて持って来れないから「あなたは根拠のない事を言って現場を混乱させている」などと言われて何も変わらないどころか信用まで失う事になる。

 更に言えば学校の勉強というのは義務教育と言ってやらないといけない事なんだ。だから良い会社に行くには良い大学に出て、良い高校に出て、そして良い中学と小学校を出ている必要がある。だから良い会社に行くには国が定めている授業を必ずこなさないといけない。そんな事情が含まれているんだ。

 なんか大人の事情に付き合えって感じですね。

 今は学校の勉強について話しているけど、大人になっても意味のない事をやらされる事が多くある。俺の場合、上司な理不尽な命令に従わないといけない事があって、現場を見ていないその上司が「俺は昔はこうやってきたんだ。だからやれ」って言ってきて酷い目に遭った事があるよ。ルールや最新技術などで現場の働き方は変わっているのに大人の古い考え方に付き合わないといけない。そして付き合わないとクビや、もっと酷い現場に回される。学校で言うなら退学や停学、言い方を変えれば悪い成績を出せばどんな理由であれ「お前が悪い」みたいになる。

 ただお前の場合、ある意味、恵まれている。俺の場合、俺個人だけの理不尽さだったが、お前の場合、無意味だと思われている勉強を皆も受けているから、お前だけ理不尽な思いをしているわけではない。成功する為にはそんな中で如何に他の人より差をつけるか、それが重要になってくる。さっきも言ったけど、このように答えのない取り組みに関して取り組めるようになる事は生きる上で非常に重要な要素になる。だから辛い事があってもそれを物事を前向きに捉える必要で、それが意味のない勉強を取り組める2つ目の理由になってくる。

勉強する理由が無くても勉強出来るようになる方法 

 お前はこの話を聞いて、「ただ無能な上司に当たっただけ」と思うかもしれないが、無能な上司でなくても一方的にやれって言ってくる人はいるよ。情報漏えいを防ぐためには末端の人にはこの仕事をする理由なんて言わないからね。だから言われた事に対し、最大限の結果を出す。その姿勢は大事だ。

 それにビジネスで成功する人って皆が無駄だと思っている事に挑戦して成功している人が多いんだ。昔なんて「IT?」なんて皆言っていたけど、今なんて自分達の職業を奪われるような形になっているし、さっきも皆がやっている事は競争率が激しくなるから生き残るは難しいと言ったけど、逆に言えば皆が役に立たないと思っている事を世の中の役に立たせる。そんな発想が出来ればお前は成功者になれるんだ。

 それにさっきも言ったけど、ビジネスというのは困っている人を助ける事で成り立つ。だから人から感謝されるようになる為に、「こういう風にすれば解けるよ」と勉強の手助けが出来るようにお前がなればお前はクラスの人気者になれる。つまり役に立たないと思っている考えを逆手に取るんだ。

 それに今の時代、ネット環境が整っていてyoutuberなどでお金を稼ぐ人がいる。極端な例だが、それでお前が「つまらない勉強を面白くする方法」なんて考えて、ネットでアップし続けていけば人気者になって成功者になれるかもしれない。要は役に立たないという発想を上手く使うかどうかは「どの知識をどう生かすか?」それを常に探し続ける事が大事なんだ。

 ちなみに父さんはどんな風にやる気を起こしたんですか?

 親が「勉強しろ」ってうるさかったから、仕方なく

 ・・・

 だってあのウザさを受けるより、勉強する苦痛を選んだ方が遥かに楽だろ。こういう屁理屈でも本気になってやれれば成功するんだ。正当な理由でなくても成功に結び付く。世の中にはそういう不思議な事があるんだ。だからこういう風に考えるのも1つの手だ。

 「勉強しないとどうなるのか?」

 これで自分に恐怖を煽って勉強する気持ちを起こさせるのも良い。例えばだ。恐らくだがお前がこれから勉強しないとこんな人生を歩む事になる。

小学生時代、ここまでは何とか分かったけど、中学に入ってから教科書の問題を解くだけで、こんな勉強して何の意味があるの?と思ってしまったが為に勉強に身が入らなくなってしまった。

その結果、「何で勉強しないの?勉強しないと皆から認められないよ」と注意され、それでもやらなくなると周囲の視線が冷たくなっていく。「あんな風になってはダメだ」とまるで俺を失敗例であるかのように見て。

実際、一時期勉強しなくなると、その後の勉強についていけなくなってくる。ああ、そうか小中高の勉強って別々のようで全て繋がっていたんだな。今は分からなくても、それを繋げていけば、その後の勉強で役に立つって。でも今更後悔しても遅すぎた。後々、復習してもどうしてこんな風になるのか分からない。人に訊こうにも先生からはどうせ「授業で話しただろ」と言われるし、訊く事が多すぎるから、完全に取り合ってもらえない。

そのせいで増々他の連中から離され、「勉強しないとあんな風になる」と思われて、嫌気から増々勉強に身が入らなくなる。

そして進路相談していても「君にこの学校は無理だよ」と言われ、簡単に受かる学校を紹介される。そしてその手の学校は評価されない。大学や就職の時になって、高学歴の人ほど会社の事を紹介されて、学歴で差別されずに説明会まで参加出来て、更に何となくだが面接で高学歴の子と比べられ、「君は学生時代何をやって来たの」と言われてしまう。

勉強できない事を疎まれ、強がっていました。なんて回答。誰も評価してくれない。ああ、何で俺は周囲の視線を気にせず、また勉強する理由なんて考えてしまったんだ。ただ言われた通りに黙々と頑張って、そしてせめて周りから揶揄されずに生きる人生を送れるように頑張れば良かった。

 とこのように勉強しないとどんな人生を送る事になるのか?という風に考えれば「勉強しないといけないな」という気持ちになるだろ?ちなみにここではあえて「勉強する理由」を見出そうとしたが為に失敗した例を載せておいた。

 しかし父さん、だからと言って普通に勉強していたらこうなりますよ。

中学受験を控え、塾に通う事にした。すると学校の勉強というのは塾の勉強と似ており、どちらかと言えば、塾で習った内容を復習する。そんな二番煎じのような内容だと知る。その為、学校ではただ自分が塾で習ったモノを理解しているかのテストみたいなモノで、あとは学校の休み時間や塾で習わない保健、体育などを楽しむようになる。理科の実験なんて塾では問題を解くだけだから実際に実物を動かして試してみるのは面白い。

ただやっぱり学校の勉強をしている暇があったら、塾の勉強をして良い高校や大学に行けるよう勉強したい、または休みの為に遊びたい。それだけ学校の勉強はつまらない。しかし中学校を卒業しなければ高校には行けないし、卒業する為には学校が決めた授業を特定回数分受けないといけない。だからつまらないと思っていてもやらないといけない。

そしてその思いは高校でも同じ。良い大学に行く為に高校を卒業しないといけなくて、高校を卒業する為には学校で決めた科目を特定回数受けないといけない。学んでいる内容に関しては正直何の意味があるのか分からない。でも良い点数を取らないと人は怒るし、うるさいから授業で良い点数を取ろうと頑張る。

そして大学では今までの中学や高校とは違って、授業ごとにクラスが分かれていて、自分の好きな科目だけ選んで勉強出来る。これは良いシステムだ。でも結局ただ覚えていく事には変わりはない。テストも授業で先生が言った内容をもとに、これは何が問題で、どうして問題なのか、解決策は?みたいな文章を書けるようになるだけ。結局ただ聞いた内容をテストで吐き出すスタイルは変わらない。

しかし実際に社会に出て働いてみるとどうだ?今まで習った事が全然役に立たない。お客さんが求める商品企画の作り方?自分の商品を売れるようなアプローチの仕方?上司や同僚と仲良くやっていくコツ?一体何なんだよ。学校で習った勉強って?

しかも今度は結婚して子供を持つようになったらその子は「どうして勉強しないといけないの?」と言ってきた。知らないよ。俺だって何の為にあの勉強をしたのか分からないのだから。

なに?じゃあ、勉強しなくて良いの?だと。いいや、しろよ。ろくな大人にならないから。え?どうして?だと。え~っと「さぁ~?」

 要は同じ過ちを繰り返す。そんな状態になります。だからやっぱり勉強する為には報われるためにはどんな努力をするべきなのか?その辺を考えるのが必要だと思う。その辺はどう考えれば良いのです?

 まず勉強すれば報われるという考えを捨てる事だな。仮にお前が猛勉強してそして学校でトップになったり、一番良い会社に入れたとしても上司に気に入られなかったり、会社自体の売れ行きが悪ければリストラになってしまう。人間関係や景気などの1人の力ではどうにもならないし、つまり勉強をしていれば報われるという考えはもう古いんだ。だから「どんな勉強をすれば報われるのか?」ではなく、「報われるためにはどんな勉強をするべきなのか?」その辺が大事なんだ。

 つまりだ、例え会社をクビになっても、独立して自分で会社を立ち上げ社会から認められるという選択肢があるし、クビになる前に転職して生き延びるという方法もある。となるとそうする為には「会社を立ち上げて収益を出すにはどうしたら良いのだろう?」「クビになる前の前兆を予想しないといけない。どんな事があるのだろう」と一生懸命考えて、その為にどんな勉強が必要なのか?と、しないといけない勉強について考える必要がある。正に勉強すれば報われるというよりも報われる為にどんな勉強をするべきなのか?その辺の発想の転換が人生を大きく分ける。だから色んな視点を持つ事。そのことが大事だと思うぞ。

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