高齢で運転免許を返納させたのに、運転をやめない認知症の親の家族の例

 

「父が事故を起こしたのに反省しないし、返納に反対する」

「認知症で高齢の父の運転をやめさせたい」

「人身事故を起こした場合、家族への賠償責任は?」

 

 高齢者の危険運転、そういうニュースを聞くたびに運転免許を返納しろと言う声が上がりますが、実際のところ、この高齢者の運転というのは、ただ単純に運転免許を返納すれば解決するわけではありません。

 

 なぜなら運転免許を返納したとしても、その後、生活の急激な変化によって認知症を発症し、自分が運転免許を返納した事を忘れてしまうリスクを生むからです。

 

 車を廃車しても日本では運転免許がなくても車を購入出来ます。そして認知症の場合、判断能力の低下により罪に問われない事があります。その為、運転免許返納後の対応を間違えれば再び運転するリスクがこの社会には存在します。

 

 なら運転させないよう家族が監視するべき、と思うかもしれませんが、家庭によっては限界があります。その為、ここでは高齢になって危険運転を行うようになってしまった父親を持つ視点で、如何に高齢の親の運転をやめさせるのが難しいのか?ストーリー形式で説明しております。

 

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事故を起こしたのに運転をやめない親

 

「危険運転で逮捕された〇〇容疑者85歳は・・・」

 

 85歳?おいおい、いい年してるんだから運転なんかやめてほしいもんだ。まぁ、そういう人を取り締まる為に俺は警察官になったんだ。定年退職(退官)前にある程度、仕事をして交通事故の被害者を減らしていくようにしておかないとな。とは言うものの、俺自身、最近親父の所に帰っていない。ウチの親父も結構年いっているから、ちゃんと運転していないかどうか確かめておかないと。

 

 というわけで、試しに週末、実家に足を運んでみた。すると車の後方部がへこんでいて、傷がついているのを見つける。見た限りではどうやら車庫入れに失敗し、壁に激突したみたいだ。そして良く見ると車の側面にも擦り傷がある。これは明らかに家の中で出来た数ではなく、外出中にどこかの壁をこすって出来た傷だろう。お袋は運転しないから、どうやらウチの親父は外で事故を起こしたにもかかわらず、何事もなく運転しているんだと、この時悟ったのだ。

 

 ウチの親父ももう75歳を超えているし、どうやらウチも高齢者の危険運転を放っていた家庭のようだ。これは親父に運転を止めるようガツンと言いくるめる必要がある。試しに親父の助手席に乗車し、運転を見てみると停止線を超すわ、周囲確認を怠るわ、急発進するわで、明らかに危険な運転をしている。この際、もう運転を止めるよう親父に言ったのだが、信じられない事に反対してきた。

 

「俺は長年、トラックの運転手として働いてきたんだ。事故なんか起こすわけがない」

「俺が運転出来なくなったら、買い物や通院はどうすんだ!!」

「まだ運転出来る。運が悪かっただけ、大丈夫、次から気を付ける」

 

 と言って、聞く耳持たず。正直なところ、長年運転業務に携わってきたのなら、事故に対する安全意識は人一倍高くて、少なくとも再発防止に取り組むべきなんじゃないのか?それを「事故なんて起こすわけがない。」「運が悪かった」と一言で済ますのは警察官、いや人として見過ごす事は出来ない。だから事故の深刻さを正しく判断出来ない以上、家族である俺が止める必要がある。その為、先ずはもしウチの親父が車で人を轢いてしまった場合、どうなるのか調べてみた。

 

もし高齢の親が車で人をひいてしまった場合

 仮に過失による事故の場合、

 

懲役7年以下、または100万円以下の罰金

 

 が科せられるようになっている。一方で、もし親父が飲酒運転やスピード違反など危険運転で事故を起こした場合、更に罰則が厳しくなり、罰金刑はなく、懲役12年~15年の刑に科せられる。流石にそんな危険運転をするとは思いたくないが、問題は過失による罰金が100万円であり、無論そんな金、とても払えない。またそれとは別に被害者からの賠償請求があり、これは人によってはまちまちだが、賠償金を払えるかどうかは親父が任意保険に入っているかどうかで決まるらしい。つまり払っていないと家財全てを売り払って文無しになるリスクがある。事故を起こすわけにはいかないが、年の為、親父に任意保険に入っているかどうかを確認してにようと思ったのだが『分からん』『多分、入っている』と適当な返事。

 

 これはもう親個人の問題ではなく、家族全員の問題だと思い、俺はお袋や妻も巻き込んで、親父の運転を止めさせる方法を皆で考える事にした。その説得材料の1つとして運転免許証を返納した場合の特典、運転免許返納制度について調べてみた。

 

運転免許返納によるメリットとは?

 特典は企業によって違うが、バス会社の場合、路線バス料金が半額、タクシー会社の場合、タクシー乗車運賃が1割引など交通便のサービスが豊富である。これなら仮に運転出来なくなったとしてもこのサービスを利用すれば買い物や通院が可能だ。

 

 ただそれでも自家用車で移動した方が安上がりな為、費用の面を考えればまだ説得には弱い。そこでもう1つの説得材料として交通関連のサービスだけでなく別のサービスも紹介する事にする。例えば特定のデパートやフランチャイズチェーン店の割引サービスがあるし、温泉や宿泊施設などの割引もある。となれば車が無くなった事による娯楽の制限もなくならないし、更に安く済む。おまけに買い物の商品も安くなる為、「ほら運転免許を返納した方が総合的に安くなる」と言って説得出来ると思った。

 

 おまけに運転免許返納後、は身分証明の代わりとして運転履歴証明書というモノを発行される。要は運転免許と同様の身分証明書を作ってくれるわけだ。写真1枚と1000円で1か月後に配布され、運転免許と同等の本人証明になりうる。これで身分証明の際に困る事はなくなる。

 

 免許返納後の利点、そして運転免許の代わりとなる証明書の発行。この2つがあれば親父を説得出来ると思ったが、なんといまだに親父は反対してきた。それどころか「人を年寄り扱いしやがって!!絶対運転免許は返納せんぞ!!」と、逆に頑固になり、運転を止める事を止めないと宣言してしまったのだ。

 

車の運転をやめない親から車の鍵を取り上げたが・・・

 話し合いで解決する見込みが薄い以上、こうなったら親父から無理やり車を取り上げるしかない。そこで俺は車の鍵を預かる事にした。当初、鍵を隠された事に親父は大激怒したが、これも家族を守る為、事故を起こしても反省しない親に対する戒めと言って、運転出来ないようにした。親父は「買い物や病院行く際はどうすればいいんだ!!」と怒ったが、「タクシーや電車を利用してください。免許証を返納すればタクシー代だけでなく、買い物代も安くなりますよ」と言って、実家を後にした。

 

 本来なら、これで解決したと思ったのだが、数日後、実家にいるお袋から「お父さんが車で出かけて行った」と報告が入った。鍵は俺が預かっているのに何故?と思ったが、話によるとどうやらウチの親父、鍵を無くした事にして鍵屋に鍵を作成してもらったのだ。

 

 ネットで調べてみると、車のキーを再作成する際は事情を話さずとも車のメーカーや鍵の種類を言うだけで再作成が出来るらしい。どうやら高齢者の運転は鍵を預かる程度では解決しないようだ。その為、次の休みの日、実家に行って鍵を再度預かろうとしたが、親父は「お前が勝手に鍵を持って行ってしまったから、止む無く鍵を作った」とか言いだして、反省どころか息子の俺に問題があると言い出して埒が明かない。

 

 だから親父の目を盗んで鍵を無断で持ち出そうとしたが、親父はなんと金庫を購入し、そこに鍵をしまって親父以外、鍵を取り出せなくしたのだ。ここまで来ると流石に手はつけられず、仮にその車のキーを奪えたとしても、また鍵を再作成してしまう。だから鍵を取り上げる以外の方法を見つけ出さないといけないと俺は方針を転換。

 

運転をやめない親の車を廃棄しようとしたが・・・

 そこで次に思いついたのは車自体を廃棄する事だった。後見人制度を利用して親名義の車を廃棄出来ないかを調べてみた。しかし廃車にする場合、登録名義人の印鑑証明書や売却・廃棄に本人の実印がついた証明書が必要。つまり親父の許可がないと廃棄出来ないという事だ。しょうがないので、車自体を廃棄するのではなく、バッテリーやヒューズなどを抜いて車を動かないようにしたのだが、修理屋を呼ばれて徒労に終わった。

 

 こうなるともう親父が動けなくなるまで事故を起こさない事を祈るしかないか・・・と思っていたが、ある日ひょんな事で免許を返納しようと親父の方が言ってきたのだ。きっかけはウチの娘である。ある日、日頃から運転が危険だと言われていたウチの親父が娘を連れて自分の運転テクニックを披露しようと勝手に乗車させていたらしいのだ。

 

 娘を危険な目に遭わせるな!と怒りたかったが、しかしその娘から「おじいちゃんの運転、急に動いたり、止まったりするから乗りたくない」と言いだして親父は驚いたようなのだ。極め付けに「おじいちゃん。あたしが死んでもいいの?」と言われ、涙目になった親父は「もう運転はいいや」と言って、免許証返納に受け入れたのだ。

 

 高齢の人からすればかわいい孫の言葉は絶大だというのが良く分かった。親父には辛い思いをさせてしまったかもしれないが、娘の言う通り、身内だけでなく、他の家庭の子供が死なれてしまっては取り返しのつかない事態に陥る。早期に解決しないといけない。だから折角のチャンスだったのでこのまま免許証を返納させてもらったついでに、車も廃車にした。

 

 これで親父が車を運転する事はなくなり、高齢者の危険運転の問題からウチラは解放されと思ったが、この1年後、実家のお袋から

 

 「おじいちゃんが車を買って、それに乗ってどっかに行ってしまった!!」

 

 と連絡が入ってきたのだ。

 

運転免許を返納したのに運転しようとする親の例

 

 なぜ?もう免許を返して運転出来ないはずなのに。いや、それ以前になぜ親父は車を購入し、そしてそれに乗って何処かに行ってしまったのか?無免許だと車を購入出来ないのではないのか?その辺についてお袋の話によるとどうやら親父は自分が運転免許証を返納した事を忘れてしまっているようなのだ。

 

 電話では事態が掴めない為、急きょ実家に行き、再度母親から事情を聞いてみた。時は遡ること1年前、親父が運転免許を返納してからはタクシーを利用していた。しかし予定の時間に来なかったり、タクシーの運転手が親父と同じ、またはそれ以上の年齢だった為、「何であいつらは良くて、俺はダメなんだ!!」と激怒し、サービスに対して時折不満をもらしていたらしい。

 

 タクシー業務というのは定年後の高齢者が再就職しやすい1つの業種にもなっており、親父と同年代、またはそれ以上の高齢者がタクシーの運転をしているケースが近年増えているらしい。そしてその頻度は多く、高齢者が運転するタクシーを利用する度に親父は愚痴をこぼし、更には自分が運転出来ない事で命の危険にさらされているのでは?と思い、ストレスが溜まっていったようなのだ。

 

 そしてそんなある日、いつものように15分程度で家に帰る予定だったが、タクシーの運転手が新人で迷子になり、真夏の炎天下の中、親父達はずっと長時間待たされ、折角買った生鮮食品が家に帰る頃には腐り、捨てざる得ない事件が起こる。それを機に親父は「もう我慢出来ん」と激怒し、タクシーサービスを利用しなくなり、代わりに宅配サービスを利用。それで生活必需品を賄っていたわけだが、その結果、親父はひきこもりがちになり、日頃の言動がおかしくなってしまったらしい。

 

 恐らく、親父は認知症を発症したようなのだが、ここで肝心なのは親父は何故車を購入し、そして何故無免許なのに車を買えたのか?そこが問題である。その辺についてお袋に訊いてみると、親父が認知症になってから「車は何処だ!!」と言い、その度にお袋が廃車にしたと説明しているのだが、「そんな記憶はない!!」「嘘をつくな!!」「車のキーを探すのを手伝え」と批判し、毎日同じような事を繰り返しているせいで、ついにお袋も耐え兼ね、病院に通うようになってしまったのだ。

 

 そしてある日、お袋が病院の診察を終え、家に帰ってきた時、親父が

 

「お前がいつも苦しそうに病院に通っているから、送り迎えが出来るよう車を買っておいたぞ」

 

 とお袋が病院に行っている隙に親父が勝手に車を買ってしまったのだ。

 

 なんて事だ。と俺は思いつつも、この事件が起きる前、知り合いの医者から高齢者ドライバーの対策として事情を訊いており、その際、こんな事を言っていたのを思い出す。

 

「もしかしたら徘徊して、町中を車で走り回る可能性があるから十分注意してくれ」

 

 どういう事かと言うと、認知症高齢者の1つの症状に『徘徊』というのがある。要は自分のいる場所が分からず、目的もなくその場をうろつく症状を指す。本来なら歩行で徘徊し、何処かに行ってしまい行方不明になる問題へと発展するのだが、運転に慣れている高齢者だとこれが車による移動による徘徊になる。つまりウチの親父の場合、正しい判断が出来ず、ニュースでよく目にするような危険運転をする場合があるから注意してくれ、と警告してきたのだ。

 

 冗談じゃねぇ!!。と俺は早速妻を呼び出し、親父が家から出さないよう頼んでおいた。そして俺は医者に会い、認知症を直す方法はないのか?と確認したのだが、認知症の場合、これだと言える有効な治療法はなく、これ以上、認知症を悪化させないように頑張るくらいだ、と言われてしまった。

 

 高齢者の危険運転がニュースになる度に運転免許を返納しろと叫ばれるが、医者から言わせれば、免許や車を取り上げても、車は高齢者にとって欠かせない必需品。自由に外に出れず、買い物難民やひきこもりによる認知症悪化、場合によってはゴミを持ち帰りゴミ屋敷にするケースだってあるから、運転免許を返納すれば解決出来る問題ではないと指摘する。

 

 だから高齢者の危険運転を減らす為には返納への呼びかけだけでなく、返納後の生活プランも考える必要があると医者は言う。ただマスコミなどはその辺について触れず、ただ返納しない高齢者を悪く言うだけでとどまっている為、根本的な解決にはなっていないと指摘する。この話を聞いて、俺自身、親父の事を考えず、ただ車を取り上げれば良いと考えていたと反省する。

 

運転免許が無いのに車を売る自動車販売店

 

 ただ一方で何故、運転免許証を持っていない親父に車を売ったのか?自動車の販売店は認知症の疑いのある人に車を売るのか?とぶつけようのない怒りを自動車販売店に感じていた。そして俺はその自動車販売店にクレームを入れる為、そして買った車を返品する為に、自動車販売店に乗り込みに行った。

 

 事情を説明したところ、店長は謝罪はしたものの、なんと車の返品は出来ないとそ言ってきたのだ。その理由として返品が可能なのは、特定商取引に基づく販売、つまり訪問販売や、中古車の売買のみ。親父が買った車は新品である為、買った車に何かしらの問題がある場合を除いて返品不可と説明してきたのだ。「ふざけるな!!」と認知症だと気づかずに車を売った担当者に怒鳴りつけたが、謝られるだけで平行線をたどる。

 

 そこで俺は気持ちを落ち着かせ「何で無免許なのに車を売ったのか?」と車を売る際に免許の確認をしないのかについて確認した。そして担当者は「当社ではお客様が車をご購入する際、免許証の確認は行っておりません。また仮に運転免許がない人でも車を購入する事は可能で、それは他社も同様です」とそう言ってきたのである。

 

 何故、無免許でも車を買えるのか?その辺の話を聞くと、無免許なのに車を販売するケースは大きく分けて4つある。1つは購入者がまだ17歳でこれから車の免許を取ろうとしている人の場合。2つ目は車を買う人の名義が法人企業の場合である。この辺に関してはウチラとは無関係だが、肝心なのは残りの2つで、先ずは車を購入する人は無免許だが、車を運転する人は秘書か家族など運転免許保有者の場合だ。つまり代行運転する人がいる場合、運転免許の提示は不要なのだ。高齢者の危険運転が話題になって以降、家族が代わりに運転するケースが増えてきている為、高齢者が車の代金を支払い、別の人が運転を行う。そんな役割分担のケースが増えているのである。

 

 「なら購入の際、代わりに運転してくれる人がいるかどうかを確認するべきなのでは?」と訊いたが、それでネックとなるのは最後の4つ目のケース。無免許だけど車を運転するのが目的ではなく、節税目的で購入する場合である。

 

 例えば会社の経営が黒字だった場合、黒字だと税金を納めないといけないが、わざと経費として高級車を購入し、赤字にすれば納める税金額が少なく済む。要は免許がなくても節税目的で車を購入する人がおり、その為、各自動車量販店は車購入時、運転免許の提示を義務化していないのである。事実は、その販売員は親父がそのケースだと思い、深く追及せず、車の販売を許したのだ。

 

 親父のような一般の人でも?と思うが、節税というのは何も会社を運営している人だけでなく、一般家庭の人、例えば不動産や株を所持している個人事業主も対象になる。親父のような高齢者だと自分の退職金を元手に資産運用する人が多い為、無免許の親父が車を購入する事はおかしくないなのである。

 

 以上の事から、仮に購入者が高齢で無免許者であっても、車を販売しないといけないケースがあり、更に認知症を患っているからと知って車を販売しない事は病気を理由に売らないと、差別に該当する為、販売を抑制する事は難しいと言われた。

 

 「今回の一件はお客様に大変なご迷惑をお掛けしました。弊社も再発防止に取り組む所存ではありますが、ただお客様の為にもこれだけは言っておかないといけない事があります。先ず弊社では従業員は数年で別の販売店や、または部署などに移るシステムとなっておりますので、お父様の顔を覚えている従業員は数年でいなくなると思われます。

 

 そしてわが社には顔認証システムなど、お客様の顔を識別する機能は持ち合わせておりませんので、事前に購入を防ぐ事は難しいと考えられます。更に弊社にはいないと思いたいのですが、従業員の中にはノルマ達成の為、認知症だと分かっていても車を販売する人がございます。今回の一件で当販売店においては事前に対処出来ますが、別の販売店、そしてライバル店となりますと情報共有が難しく、仮にお父様がここではない別のところで自動車を購入する事になりますと、我々としてはどうする事も出来ません。その為、大変申し訳ございませんが、出来るのでしたらお客様の方で何とか対処出来ないでしょうか?」

 

 本来なら「無責任な!!」と怒鳴りつけたいところだが、考えを改める。というのも向こうから言わせればそんな事を言わずとも、親父の落ち度で今回の事件に至っているわけだから、謝罪の一点張りで終わらせる事だって可能のはず。なのに販売店の裏事情を話してくれて、かつ今後の親父の対応についてまで考えた上で発言してくれた。ある意味、この店長は悪い人ではないのだろう。だからこれ以上追及すれば責任問題となって、親父の事を知る数少ない一人を失う事になりかねない。俺は追及するのはやめ、この店長の言った通り、これは俺達で何とか解決するしかないと思った。

 

認知症で無免許で運転する親の責任はその家族のみが取る日本の法律

 

 帰宅後、俺は親父に運転を止めるよう強く叱ったのだが、「うるさい。そもそもお前が間違えて車を処分しなければ余計な金を使わずに済んだ」と俺の手違いで車が無くなったという話になっており、俺は「免許がないのにどうやって運転するんだ。」と言えば、「バカか。免許なら持っている」と言い。「じゃあ、見せてみろ」と言ったら、「今は持っていない」と言い、挙句の果て「この車はもともとウチにあったものだろ?」と自分が車を買ったことすらも忘れている。もはや認知症の人を相手にする場合、真面な話し合いで解決出来る問題ではないと悟った。

 

 このままだと親父は犯罪者になってしまうが、無免許運転の場合、現行犯逮捕でないと逮捕出来ず、例え無免許で運転していた事を知られても、逮捕されないのである。とは言え犯罪である事には変わりのないので、親父が運転出来ないようにする何かアイデアを練らないといけない。

 

 仮に親父が無免許運転で捕まった場合、どうなるのか調べてみたが、

無免許運転で以下のような状態だった場合刑罰内容
人身事故以外の場合

3年以下の懲役、または50万円以下の罰金

※ただし、交通事故ではなく、検問や職務質問で発覚した場合、その場で逮捕されず、後日、罰金を支払われるのが大半。

人身事故の場合6か月~15年以上の懲役刑

 

 上記のようになっている。そんな懲罰についても無視できないが、俺が上記以外で気になったのは無免許幇助についてだ。

 

 無免許幇助というのは、もし仮に無免許だと知りながら運転させた場合、その人は1年以下の懲役、または30万円以下の罰金を科せられると書いてある。つまり親父が無免許運転だと知っている家族にも罪に問われてしまうようになっているのだ。

 

 その為、仮に事故を起こした場合、家族が賠償金を支払う事になるのだが、親父は認知症で責任能力がない。そして本人は罪に問えず、直ぐ釈放され、そしてまた運転し、事故を起こす。つまり親父の暴走を止められず、ずっと家族が賠償金を払い続ける。そんな人生を送る事になりかねないというわけだ。

 

 「冗談じゃねぇ!!」と思い、万が一に備え、任意保険に入っておこうと思ったのだが、親父自身の許可が必要だったり、または保険会社の人からは「認知症の方は審査が通りません」と何処からも断られてしまった。

 

 運転免許を返納すれば万事うまく良くと思ったのに、蓋を開けてみたら、認知症になって、無免許なのに車が買え、更に運転するなんていう思わぬ落とし穴があって、つまりウチの親父を止める為には誰かが四六時中見張っていないといけない状態に追い込まれたという事だ。誰だよ!高齢者の運転を止めさせる為に運転免許を返納させようなんて言った奴。

 

 と恨みをいただきつつも、当面の問題を解決しないといけない。俺の場合、実家から遠く離れているし、お袋だけだと今回の件を見る限りでは限界がある。妻に見張らせるか?いや娘の世話は誰がする?となると・・・やっぱり介護施設に入れるしかないと思った。

 

介護施設への入居に反対する親

 

「入居費だけで100万円・・・」

 

 親を入れる介護施設を探していたのだが、どれも見る限り入居費は約100万円。そして月々の支払いが15万円と知る。「こんなに高いのかよ」と嘆きたくなったが、現実である以上、受け止めるしかない。ただ地方に行けばもっと安いモノもあるが、それでも高い。俺の収入から考えて月15万の金額は高すぎて、娘の教育費どころか家族3人で暮らしていく事すら出来ない。本来なら実際に入居する親父が出すのだろうが、無論、親父は入居に反対している。

 

 警察官の給料、そして妻の稼ぎを考えても月15万は高すぎる。おまけに俺は警察官だ。つまり俺は公務員であり、公務員は副業が禁じられている。だから副収入でお金を稼いで介護施設用の資金を得る事が出来ないデメリットがある。

 

 経済的な面で頭を抱えていたが、俺が見ていたのは民間の介護施設で、国が管理している比較的安価な特別養護老人ホームがあると知り、そこだと何とか出来そうだったので連絡を取ってみたが介護施設の人から「今の時代、特養の利用者は年々増えており、恐らく入居までに2年近く待つと思われます」と言われた。

 

 2年?日本の場合、介護休暇は法律で最大90日だから、全然足りないじゃないか!日本は高齢者が沢山いる国というのは知っていたがそれが介護施設を満員にするほどの数だというのは知らなかった。ただ介護施設の担当者は俺の考えに補足を入れる。「介護施設が足りないという場合もありますが、別の原因として対応する介護士の数は少なくて本来空席はあるのですが、国で定める介護士一人当たりで面倒を見られる人の数にまで達せずに入居をお断りするケースがあります」と言ってくれた。

 

 そういえばテレビとかで介護士の待遇が悪くて離職率が高いと言っていたな。最初は俺には無関係化と思っていたが、こんな形で介護士の待遇に関して考えないといけない事が分かり、他人事だと思っていた事に反省する。国の介護施設では人手が足りず、民間の場合、歯止めとして値段をあげ、入居者を少ない人数で回せるよう取っていると、介護施設の人は説明してくれた。つまり値段が安い特養では応募者が殺到して2年待ちなんてざらにあるという事だ。

 

 おまけに介護施設の担当者は俺にこんな事を言ってきた。

『お父様の要介護はどのくらいでしょうか?もしまだ要介護認定を受けていないのであれば、受ける事をお勧めいたします。特養の場合、最低でも要介護3以上の人でないと受け入れない体制になっていますので、ご確認のほどよろしくお願いいたします』

 

 これを聞いてウチの親父はまだ介護認定を受けてなかった事を思い出し、一度医師に親父を見せてもらおうと思った。ただここで思わぬトラブルに遭遇する「なんで俺が病院に行かないといけないんだよ」と言って病院に行く事を拒んだのだ

 

 どうやら要介護認定を取る為には親父の意志で病院に行かないといけないという変な設定があるようなのだ。要介護認定がないせいで施設に入居出来ないだけでなく、家にヘルパーを呼んだり、親父が受けるオムツなどの介護用品の補助も受けられないなど問題が生じる。親父は自分はまだ元気だと思い込んでいる為、病院へ行くのを拒み、介護認定を取る事が最初の課題となった。

 

 ただ俺はあるニュースを思い出す。それは2017年3月より認知症の疑いがある人は医師の診断を受ける義務が設けられる制度が出来た事だ。試しに調べてみると道路交通法第103条第1項第1号に「運転手が認知症だと判明した場合、その者の住所地を管轄する公安委員会は、政令で定める基準に従い、その者の免許を取り消し、又は免許の効力を停止することができる。」と書いてある。つまり警察と連携し、無免許で運転している親父を捕まえ、親父を認知症と診断させて、要介護認定を受けさせる事が可能だと思った。

 

 早速、交通課の知り合いに頼んで、親父がまた車で何処か出かけようとしたところを捕まえてもらった。親父は駄々をこねたが、何とか医師の診断を受けさせる事に成功した。

 

 これでやっと要介護認定を貰えると思ったのだが、貰えたのはなんと要介護1。つまり介護施設に入れる為の要介護3には届かなかったのだ。その理由として医者は「不幸な事に車に自分で乗れるほど足腰はしっかりしています。多少の健忘はありますが、要介護3を取るのでしたらベッドでずっと寝込んでいるほどの身体低下が求められます。その為、どんなに高く見積もってお父様の場合、要介護2が限度です」と言われた。

 

 これにより特養に入る為に必要な要介護3には届かず、運転出来なくなるまで放置し、認知症を悪化させるしかないなんていう変な結論に達した。こっちは運転をやめてほしいから要介護認定を取ろうと思ったのに。その為、親父の運転免許を返納させる為に介護施設に入れるというやり方は的外れなやり方だとこの時知ったのだ。

 

親の地元に移住すべきか?都会に呼び込むべきか?

 

 車の撤去もダメ、説得もダメ、介護施設に入居させるのもダメとなると一体どうするべきか?こうなってくると俺達家族が親父の面倒を見て、監視するしかない。ただそうなると俺達家族が親父の地元に引っ越すか、それとも親父達を俺達の家に招き入れるかのどちらかの選択肢を取らないといけなくなる。

 

 だがそれについて妻に相談してみたところ、「仮に義父家に引っ越す場合、それって娘を別の学校に転校させる事になるのよ。折角友達と仲良く遊んでいるのに親の都合で離れ離れになるのはかわいそうよ」と娘に対する影響について指摘してきた。

 

 「それに今後の収入はどうするの?田舎に引っ越すという事は私たちは地元の会社に勤めて働くって事よ。私たちはもういい年なんだから、再就職なんて難しいし、仮に出来ても今の職よりも収入が低くなるはずよ。距離的に義父の世話が出来るようになってもお金の面で世話が出来なくなれば、何のための引越しするのか分からなくなるわ」

 

 と娘への負担だけでなく、今後の経済的な面についても指摘された。そうだよな。現職の警察官の職務を捨て、そして別の企業に転職しようとしても「あなたの技能が弊社にとってどのように役立ちますか?」なんて言われても答えようがない。

 

 ちなみに田舎の仕事を見てみたが、ベンチャー企業や中小企業がほとんどだ。しかも殆どが何かしらの専門職を身に着けており、誰もが簡単に出来る仕事など正直、存在しない。おまけに俺は今までずっと公務員として利益の事は考えず働いてきたんだ。今更、経営や営業について訊かれても答えられようがない。それに俺のような老いぼれを雇うのも一苦労なのに、転職理由が「親父の介護の為」と言えば、明らかに向こうは採用したくない筈だろう。

 

 なぜそう思うのか?実は俺なりに今回の認知症高齢者の親父を逮捕してもらう事をした際、刑事課の担当者から俺に色々とアドバイスをしてくれたのだ。

 

 要は最近は少子高齢化社会によって介護を理由に犯罪に手を染める人が増えている。それが介護費や長時間の介護を求められ離職を余儀なくされるなど経済的な理由が近年増えている。親の介護を理由に長期間離職する事を許さない企業が多く、それを理由に解雇する事が日本では可能なのだ。だからこそ、転職理由が『親の介護』であれば当然不採用にされる事になる。

 

 しかしそんな親の介護に非協力的な企業を恨んではいけない。というのも実際、親の介護を理由に転職した人を採用した結果、経営難に陥る企業も数多くある。実際、親を介護する人をサポートした結果、穴埋めとして他の社員への負担が増えて退職するケースが後を絶たない。

 

 親の介護は毎日行われ、その結果、早退を繰り返し、その人の仕事が他の人へと移る。そしてその人に実力がなければうつ病や体調不良に追い込まれ、逆に実力があると『あの人を見ているとウチも他人事とは言えない。もっと給料の高い企業に転職しよう』と実力のある人が離れてしまうケースが出てしまう。その為、介護離職は当人の問題とは言えず、会社側から悪影響を及ぼす事になるのだ。その為、当然、会社は介護を理由に転職してきた人を雇うのは控えるだろうし、つまり俺の転職は成功しないだろうし、しても継続はしないだろうという事は目に見えていた。

 

 となるともう1つのアイデア、親父をウチラの家に移住させる方法だ。ただ親父は「引っ越す必要なんてない」と言って引越しに反対しているし、家の間取りを見ても親父と一緒に暮らすスペースなんてない。となると近くの何処かのアパートに暮らしてもらうという方法もあるが、最近では高齢者お断りを掲げる不動産が多くいて、まぁ、孤立死や徘徊による糞尿を垂れ流しが原因で不動産価値が下がる問題が勃発している。俺の知っているケースだが、高齢者が孤立死すれば事故物件になり、2000万円の家が1000万も減るなんて話もある。おまけに死体が出た、または腐敗臭が酷くて既に暮らしている人が別のアパートに移る事もあるから、大家の収入も減る。

 

 俺も警察官として働いている際、生活難に陥った高齢者を入居させた結果、上記の問題が発生し、家賃収入が減り、大家が首を吊る、または夜逃げするケースを何度も見たから、認知症を発症している人の入居をお断りする気持ちは分からなくはない。しかしそれは親父を引越しさせる事が容易ではない事を意味する。

 

 おまけにウチの家庭は共働きで妻も働きに出ている。つまり認知症の高齢者を監視する人が常にいないのである。その為、事実上、親父を野放しにしている事には変わりはなく、ここは都会、田舎の人口の少ない場所から親父を呼ぶ為、人口密集地に暴走自動車を送り込んだようなモノで逆に不安要素が増える事になる。

 

 そんな風に悩みふけっている俺に対し、妻は容赦なくもう一撃を食らわせてくる。「あ、あと、あたしのおじいちゃんとおばあちゃんは元気だけど、何時倒れてもおかしくない年齢だから、もしそうなったらそちらの方を優先させていただきますからね」

 

 ・・・と言ってきた。当たり前だが、しかし完全に忘れていて、そういえばウチには親父とお袋以外にも妻の方にも高齢者二人がいたんだな。合わせて4人の高齢者。さてどうしたら良いものか。

 

無免許だと知りながら運転を許す地元住民

 

 もうこうなったら親父が暮らしている地元の人達の協力を得て、運転させないよう見張ってもらうしかない。本当はウチでやるべき仕事だけど、地方から都会への通勤なんて現実的にあり得ないし、親父達を都会に引っ越す手も親父は反対するだろうから難しいだろう。その為、お袋の知り合いで誰か頼めそうな人はいないかを訊いてみたのだが、

 

「多分、誰も協力してくれないと思うわよ」

 

 ・・・あまりにも絶対ないと言い切れるほどの返信に俺は驚いた。当然、ウチラの都合を他人に任せようとするんだ、当然反対する人もいるだろうが、やる前からそんな断言出来るなんて、ここの地元の人は他人の関わりたくない人しかいないのか?と思った。しかしどうやら話を聞く限り、もっと深刻な内容のようだ。

 

 親父が暮らしている田舎は過疎化が進み、住民の半数が65歳以上になっている。その為、現地では買い物難民が続出しており、自分で生活する為には自分で足を確保するしかない。その際、親父は長年トラックの運転をしていた事が買われ、地元の足として地元の人達を病院に送り届けたり、買い物の手伝いをしていたようなのだ。ただ運転免許を俺が返納させてしまったせいで、地元の人達の生活一片、引きこもり状態となり、生活難に陥っていたようなのだ。

 

 「だからおじいちゃんが車を運転している姿を見て、皆、すごく喜んでいたのよ。近所の農家のおばちゃんなんて、癌で通院が欠かせない状態だったからタクシーだと金がかかると言って泣いて喜んでいたのよ。だから運転を止めさせるよう協力するという事は村八分目のきっかけになるから、誰も協力しないわよ

 

 と言っており、どうやらウチの親父は自分の運転の為だけでなく、地元の人達の交通インフラを支える足として運転をしていたようなのだ。しかもやっかいなのが、先のおばちゃんはこの田舎の野菜を皆に配る立場にあり、癌でなくなってしまうとここの住民の野菜を得る方法を失う。だから通院して長生きしてもらうのが必須で田舎の人達ってこうやって物々交換する事でお互いを支えあって生活しているのが分かった。

 

 ふと、親父が運転免許返納に反対した時の事を思い出す。もしかしたら親父は自分だけでなく、皆の生活を支えたい。そういう思いから反対していたのでは?とただ単純に運転免許を返納しようと言いていた自分は軽率だったなと反省した。親父に対する見方は変わったが、でもだからと言って犯罪を見逃すわけにはいかない。俺は親父の長い付き合いである知り合い電話し、運転を止めさせてくれないかと頼み込んだ。しかし

 

 「お前さんは何もわかっちゃいない。親父さんの息子というよしみで教えてやるが、例え俺がここで”はい”と言っても皆から反対されれば見逃す事をしてしまう。俺だって生活がかかっているわけだからな。村八分目は御免で、監視する人として不適任というわけだ。あと、これはお前さんの家庭の問題だ。俺達には何のメリットもないし、いや生活が危うくなるのだから、デメリットしかない。そんなウチラの生活を脅かすような事を頼んでいるのに、自分達の生活を悪くしない事を前提で頼んでいる。それは流石に虫が良すぎるんじゃないか?正直、この問題は他人に任せられる問題ではない。だからやはり当事者であるあんたらが何とかするべきだろ?」

 

 そう言われると何も言いかえせない。

 

 「それにお前さんはまだ恵まれている方だ。普通、無免許で運転している犯罪行為を訊いたら皆不安がってこの町から追い出そうとしてもおかしくない。しかしそうならないのはお前の親父さんがこの町の為に一生懸命頑張ってきて、皆から感謝しているからでもあるんだ。要は邪魔者になれば追い出しにかかる。今回は聞かなかったことにしてやるが、ウチの若いモンになると「高齢者なのに運転している」とか突っかかってきて、そして無免許で運転していると分かれば、何が何でも排除しようとする輩が出てもおかしくない。となれば無免許運転の時を捕まえて、罰金を取らせて、お前らの財産が無くなるまで搾り取る事なんて平気でやるだろう。そうしたらお前さんは一体どうするつもりなんだ?」

 

 ・・・要は迂闊に俺達の事を話すなという事だ。確かに俺は高齢者ドライバーが運転して事故を起こすニュースを見て「直ぐ免許なんか返納しろよ」と何度も思った事がある。もし身近に同じ人がいれば、何故免許を返納しないんだ!と突っかかるだろう。そうだよな。この手の問題は他人に相談する事ではなく、俺達の家族の間でしかも周囲に知られないように頑張らないといけないんだな。

 

無免許で事故を起こしたのに釈放される親

 

 その後も色々な事をやった。例えば車ではなく殺傷性の低いシニアカーに切り替え、それで運転してもらうという事。しかし親父は反対するし、更にシニアカーを販売している所からは「本人の同意書が必要です」と言われ断られる。更に仮に買えたとしても本人が「車の方が便利だろ」と言って使わなければ、正に御蔵行きだ。

 

 その為、次にやった事はガレージに鍵付きのシャッターをつけて、車の鍵ではなくシャッターを開けさせない事で運転出来ないようにしようとした。しかしシャッターを設置する為には地主や家主の許可が必要で両方とも親父。だからシャッターで防ぐという方法も断念した。

 

 そんなこんなで解決が長引き、お袋には長い間、親父の世話をさせてしまい、結果、お袋も心労がたたり長期入院を余儀なくされた。つまり今、親父は1人で生活している。ゆゆしき事態だ。その為、仕事を切り上げ、何とか親父といる時間を増やそうと頑張っていたのだが、ある日、警察から『親父が人を轢いた』と連絡が入ったのだ。

 

 ついに恐れていた事態が起こり、病院に駆け付けたところ、幸い被害者の命に別状はなく、ただ当てただけだった。しかし親父は自分が人をはねた事に気づかず、被害者自身が通報して命拾いしたようだった。これはどう転んでも言い訳が出来ない。俺は親父が過失運転傷害罪の疑いで逮捕される事を腹にくくった。ただそんなウチら家族の今後の将来について案じていた際、担当警察官が罰金を払えば親父が釈放されると言ってきたのです。

 

 担当警察官に訊いてみると「お父様は認知症の診断を受けておりますよね?認知症の場合、民法713条の規定により認知症を患っている方に賠償責任を負わせる事が出来ない」と言ってくれたのである。そういえば認知症を抱えている人だと責任能力がないって事で罰金刑の身で終わらせる場合もあったな。警察官として肝心な事を忘れていた。だが当人に対する責任能力が無くても、無免許の状態で運転していた事を知っていたわけだから、当然、家族に賠償責任が発生する。その点はどうなるのか?と訊いてみた。

 

 「本来なら民法714条によりお父様を監督する義務のあったご家族にも責任を負う事になるのですが、ただ当時奥様は病院に入院しておりましたし、他の家族の方もお父様とは別居中でしたので損害賠償責任が発生しないのでは?」と言ってきたのだ。

 

 確かに無免許で運転する危険性は知っていた。しかしそれが別居や入院などで親父が一人でいる状態だと対象外になる。なんて事は予想外だった。だから対象外?という言葉を聞いて、不謹慎だが安堵してしまい、ただ一方で1つの懸念点に行き当たる。

 

 「あの・・・それって、例えばウチラが親父の暴走に疲れて、わざと同居しない状態にしたら賠償責任を負わなくても良い、という事になるのでしょうか?」

 

 そう、正直、俺達は親父の認知症で疲弊している。しかしそれは俺達に限らず、今後運転好きの高齢者を抱えた家庭でも同じような事が起こるだろう。なのに今回、別居中で親父を見張る人がなかった事で無罪放免となれば、皆同じ方法を取るのでは?と俺は感じた。

 

 日本の場合、過去に出来た判例によって今後の裁判の流れが決まるようになっている部分がある為、今回の無罪放免で、以降、高齢者の運転免許は放置しよう、なんて慣例が出来るのでは?と不安になった。俺は目の前の警察官を見る。そしてその警察官はこんな事を言ってきた。

 

「そんな風に考えないで下さい。今回の判断に至ったのは被害者の方が訴えを取り下げたので、親父さんの事故を穏便に済ませただけです。本当だったら我々警察は何が何でも親父さんを立件する方法を見つけるのですが、今回は逆に親父さんを立件しない方法になっただけですので、その辺はお忘れにならないように」

 

 まぁ、そうだよな。でないと皆、賠償請求を避ける為、別居する方法をみんな選ぶもんな。特別措置でないとマズイ。だがそう思う一方で、もし被害者が親父の事を許さず、このまま裁判沙汰になったらどうなっていたんだろう。さっきも話したが日本の裁判は過去の判例を元に今後の判決を決めてくる傾向がある。だから今回、もし親父の無免許運転を知りつつも、同居していなかった事を理由に無罪となれば、恐らくその後、認知症高齢者の運転を放置する輩は現れるだろう。そんな風潮、当然世間が許すわけがない。

 

 今回の件が日本の高齢者の運転を左右する事件にならなかったのを安堵する。しかしいずれ近い未来、同じような問題が起こるだろう。もし認知症を理由に被害者が泣き寝入りするようになってしまう。そんな社会会ってはいけない。今回の親父の事故もそうだが、今後のこの手の問題を解決する為にも何かしら良い解決策を見つけださなくては・・・。

 

高齢者ドライバーを逮捕しない方針を固める警察

 

 しかし無罪放免になったとは言え、この事は警察の上層部に知られ、現役警察官が何故無免許運転を放置していたのか?それを報告するよう求められた。その為、俺は今までの出来事、運転免許を返納すれば解決すると思った事、運転しないと認知症を発症するリスクが高まる事、そして親自身運転免許を返納した事を忘れてしまい、そして無免許でも車が買える事など今まで自分に直面した問題を出来る限り記載した。

 

 後日、会議室に呼ばれ、恐らくだが辞表を提出するように言われると思ったから、辞表は書き、辞める覚悟を決めていた。そして会議室に入り、退官しろと言われると思ったのだが、どうも事態は俺が思っていたのとは違う方向へと進んでいた。

 

「君の報告書は読ませてもらった。大変興味深い内容だったよ」

 

 会議室に入って早々、多分一番偉い人が俺にそう声をかけてきた。この手の警察官の不祥事は直属の上官から内密に処分報告を言い渡される。しかし会議室には上層部の人がかなりいて、どうやら俺の問題は個人的な問題としてではなく、組織的な問題として捉えているようだ。

 

「本来であれば君を退官処分にする所だが、今回の件に関しては我々は別の見方を持っている」

 

 話を聞く所によるとこうだ。確かに俺は無免許運転の親を放置した。しかしそれは悪意のある所業ではなく、親父の認知症による病気の面もあれば、社会制度の不備の面も強く、個人の力量で解決出来ない問題と見てくれたようなのだ。結論として、自分をただ処分するだけでは一過性に終わってしまい、根本的な問題解決の為に俺を認知症ドライバーに対応する模範例を作る名目として指令を与える決定に切り替えたようなのだ。

 

「しかしそれでは我々警察の存在意義が疑われます。池袋暴走事件でもそうですが、当時我々警察は事故を起こした高齢者を直ぐに逮捕せず、世間から批判を受けました。今回の件も同様、高齢者の危険運転を放置する事は人の命を奪う事に繋がります。やはり高齢者の危険運転は発見時に逮捕するなど厳罰化するべきなのではないでしょうか?」

 

 と、どうやら高齢ドライバーを事実上放置せず、即逮捕にするべきなのでは?と言ってきたのだ。

 

「確かに池袋の事件でも逮捕が遅れて世間には大きな不安を与えたと思っている。だが君達に問いたい。仮に高齢者による事故現場に遭遇したとして、相手が高齢者で、事故で骨折し、更に言葉もままならない人が加害者だと分かれば君達は即逮捕という判断を下すかね?

 

 と、この言葉に今ここにいる警察官は黙ってしまう。そしてその一人に俺もいる。

 

 というのも警察というのは犯罪者を無暗に逮捕すれば解決するという考え方から離れている。それは警察と言うのは治安も大事だが、他にも犯罪者の更生も視野に入れている。つまり仮に目の前に加害者であっても大けがをしていれば『もし運悪くケガが悪化して亡くなれば事件の真相が分からなくなる』と俺は思い、逮捕よりケガの治療を優先しただろう。

 

 どういう事かと言うと、逮捕すれば当然警察署などに連れていくが、もしその間、ケガが悪化して亡くなると分かれば『ケガをした相手を治療せず放置したとして業務上過失致死とする』と、自分が懲罰の対象になる。だからケガ人を発見した場合、逮捕よりも救急車を呼ぶなど、医師に対応を任せる。

 

 そしてこれは対応した警察官の保身的な話に留まらない。仮に懲罰がないよう法改正し、逮捕出来たとしても今度は真相の解明で問題が生じる。例えば仮に池袋の高齢者を治療せず即逮捕し、それが亡くなった場合、真相の解明が出来づらくなる。なぜなら何故運転し、なぜ事故を起こしたのか?が分からなければ再発防止に力をいれにくくなる。今では上級国民と騒がれているが、仮に官僚と警察との癒着の為、事件が難航しているのであれば当然関係性の見直しをしなければならないが、加害者が亡くなれば証言が取れないし、治療結果も手に入らない。最悪の場合、運転中に気を失う病気が発病し、不運な事故と片づけられ、全く高齢者の危険運転が話題にならない可能性だってあった。

 

 俺自身、過去に犯罪者への怒りに走り、死亡した事を聞いて、因果応報と思った事がある。しかしその後の再発防止検討会で証拠がない為に放置され、そして改善されたのが、また同じ事件が起きてからだった。俺自身、目の前の憎しみにかられ、そして再発防止の機会を失う事がどれだけ危険な考えなのか分かった。だから加害者の生きた証言は事件の真相解明と、そして再発防止の1つのきっかけになる為、やはり加害者の早期喪失は何が何でも避けたい。

 

「そして話が通じない、または高齢者が犯人の場合、別の犯罪の罪を擦り付けられるリスクもある」

 

 とここで我に返り、自分が今、親父の危険運転を放置している事に立たされている事を思い出す。

 

「一番知名度の高い事件として地面師の事件だろう。あの事件では土地の所有者として詐欺グループが認知症高齢者を使って不動産会社から多額の金を受け取った事件でもあった。高齢者が相手の場合、知らず知らずのうちに罪を擦り付けられる立場として利用されている可能性がある。

 

 仮に危険運転していたのが高齢者の場合、まぁ、例えば助手席に誰かいたとして、本当は運転していたのは別人で認知症高齢者に席を入れ替えて罪を擦り付けられる可能性だってある。認知症高齢者の場合、正しい判断能力が持っていないから、最悪の場合、精神状態の観点から懲罰より治療を優先し、被害者を置き去りにする対応になるかもしれない。

 

 他にもブレーキが効かなかった、と自動車の方に問題がある言い分をして別の人に罪を擦り付けてくる可能性だってある。そうなると治療に専念し、正しい判断が下せるよう回復させて、そして真相解明に力を入れた方が良い。だから高齢者ドライバーを取り締まりたい気持ちは分からなくはないが、逆に取り締まり方を間違えれば再発防止の長期化、冤罪、被害者の無念を晴らせないなど様々な問題が生じる。だから我々、警察は仮に高齢者ドライバーでも即逮捕しない方針を掲げなければならないのである」

 

 ・・・静まり返る会議室だが、だが一方でどうやって今度の対策を取るべきなのか?皆知らず知らずのうちにお互いの顔を見ている。結局、この考えは俺だけでなく、ここにいる全警察官の共通の考え方であり、やはり高齢ドライバーの即逮捕は警察官としては控えるべきだと、改めて痛感した。

 

「今の質問に対し、全員、即逮捕の決断をしなかったことに、皆が職務を全うしている事が見れて誇りに思う。

 

 ただ一方で残念な点もある。それは結局のところ、我々警察官は現状、認知症高齢者に対しては被害者の納得いく措置を取る事が出来ない事だ。

 

 この問題は深刻だ。私なりの今後の行方を話すが、池袋の暴走事故においては上級国民は逮捕されないと言われているが、認知症高齢者になれば警察は事実上、早期逮捕は出来ない。つまり高齢者になれば野放しにされるリスクがあると世間に知られるのは時間の問題だろう。

 

 そして批判の矛先は当然、親族がいれば親族に向けられる。しかし過去の判例では四六時中の介護は事実上難しく、それを理由に親族には責任がないという判決がある。事実、君の資料には運転出来るほどの健康状態であれば、要介護が足りず、介護施設に入れられない問題があったしな。つまり親族を叩いても解決しない問題でもあるが、果たして世間はそれを認知する事が出来るだろうか。

 

 我々はマスコミではない。その為、マスコミの取り上げ方次第では『警察の拘束力が弱く、更には監視の役割を持つ家族も無罪放免にしている』と、いずれ世間は高齢者の危険運転を取り締まれない現実を知るだろう。

 

 そして今、日本では今、独居老人の問題も抱えている。今回の一件は家族がおり、親族の高齢者をどのように運転をやめさせるかの話になっているが、独居老人には家族がいない。つまり自分達の生活の為に運転が必要であり、認知症になっていれば危険を運転をし、誰もそれを止める事が出来ない問題が生じる。警察は今後、この独居老人に対する取り締まりに注力していく事になるだろう。

 

 しかし警察の数も無限ではない。独居老人に力を注いだ結果、家族がいる家庭への対応が疎かになっていく可能性がある。更に2025年には団塊世代の高齢者がピークを迎えるという事で更なる独居老人が生まれると言える。となれば警察の対応が遅れ、『認知症という事で逮捕しない』と簡易的な対応をする輩も現れるだろう。この問題に対し、警察は危険運転の高齢者ドライバーを逮捕しない方針が強くなるリスクが潜んでいる。

 

 加害者の即逮捕。これは誰もが望む事だ。しかし何度も言うが、加害者の容体を無視して逮捕手続きをすれば、体調の急な変化で帰らぬ人になる恐れもある。真相解明、そして再発防止の観点から言えばそれは避けなければならない。でなければ気に入らない人間を排除するやり方と変わりなく、それは最早ヘイトクライムの犯罪者と変わらない。

 

 我々警察は人権の保護の為、例え犯人がナイフで襲ってきても、制圧術で対処しなければならず、そして刑務所に投獄する際も犯罪者の更生を目的として対処しなければならない。刑務所の件も更生目的を忘れれば犯罪者を監禁するのと変わらない。あくまで法律に乗っ取って対処しなければならないのが警察だ。だからこそ、今回の高齢ドライバーの件に関しても事故を起こしてケガを負っているのであれば、被害者には申し訳ないが、逮捕よりもケガの治療を優先しなければならない。不幸な事にこれが高齢ドライバーに対する現警察の対応と言わざる得ない。

 

 だからこそ、我々は変わらなければならない。今回の場合、我々警察は認知症高齢者が危険運転により犠牲者が出たにもかかわらず、罰則金だけで終わらせ、その後の対応は高齢者の家族にやらせ、更に高齢者の人口増加に伴い、更に深刻な問題へと発展しつつある。何かしら対策を練らなければならい。

 

 それで私は今回、警察職員にこの問題を難しさを理解している者が現れた為、その官を解決する為の模範として力を入れていきたいと思っている。具体的には警察は現段階では納得いく解決策がない事、そして運転免許を返納すれば解決する、世間のこの認識を変えさせる事をしていきたいと思う」

 

「・・・今回の処遇に関しては正直、どう受け止めれば良いのか迷っておりますが、しかし報告書にも書いた通り、私自身、色々頑張ってきましたが、中々上手くいく解決策が見つからず・・・」

 

「いや、確かに個人的な解決方法は私自身、今持ち合わせていない。後に専門家と議論し、そして有効な解決策を模索するつもりだ。ただ私が1つ考えているのは、貴官の言うとおり、高齢者の危険運転は家族一丸となっても解決が難しく、更に警察も不十分な対応をするリスクが潜んでいる。高齢者ドライバーへの対応を更によくする為にも社会制度の改革も必要だと思われる。となれば貴官の話を元に新たな改革を行えるかもしれないと判断した。まだ具体的な方法はないが、今後、世間に訴える上でも君を処分するより、何かしらの模範例として使わせてもらおうと思う」

 

 と言って、この会議は終わった。警察でもお手上げの案件か。確かに現行法では警察は危険運転をしたドライバーへの処罰は甘くなってしまう。となれば法律を変えないといけないという考え方は賛成できる。世間では認知症高齢者が運転出来ないよう、当人の指紋やICチップがないと動かないようにする方法を提示している声をよく聞く。高齢者ドライバーの運転は世間から危険視させている以上、世間が味方してくれるだろうし、となれば俺自身、そんな時代になった場合に備えて、皆の参考となる模範例として頑張っていくか。

 

 

高齢者の運転規制に反対する日本国民の例

 

 あの会議から数日後、「来て欲しい所がある」と先の上官から呼ばれ、今、公共施設の大会議室の前にもいる。入ってみるとそこには大手自動車メーカーの社長や大物政治家が多数座っており、

 

「また高齢者の事故ですか?アイツらは何故、歳をとっても運転するんだ?」

「要は買い物難民だろう。自分達が生活する為には運転が欠かせないというアレだ」

「しかし今回は子供が危うく死にかけたんですよ。それなのにアイツらは子供の命より自分達の生活を優先する。これはもう免許更新時の検査だけでは限界というわけですな」

 

 話を聞く限り、どうやらこの会議は近年多発する高齢者の運転に関する法案について話し合う有識者会議のようだ。なるほど、だから高齢者の運転に悩んでいる俺が呼ばれたわけか。ただ話を聞く限り、あまり期待するような話になっていないというのも

 

「やはり特定の年齢になれば強制的に免許を剥奪するというのはどうかな?」

「基本的人権の尊重の侵害にあたる。剥奪ではなく、免許更新時の費用を高く設定するというのはどうかな?」

「それでは効果がある薄い。思い切って自動車の廃棄を促し、殺傷性の低いシニアカーに変える方法なんてどうかな」

 

 と話していた。ここにいる人達はそうやって談笑しているが、しかし会議が始まり俺が話す事になった途端、笑みが消える。今まで話した内容が既に俺がやってきた事であり、それが根本的な解決策にならず、更に悪化する1例があると知り、その場にいた専門家の人達は黙り込んでしまった。

 

「・・・つまり運転免許を規制しても意味がない、って事か?」

「認知症が原因で正常な判断が出来ない上、更に責任能力がないから直ぐに釈放・・・。更には無免許でも車を購入出来るから、また同じ事故の繰り返し・・・」

「無免許でも購入出来る件はこちら側で対策を練ります」

「・・・要は認知症高齢者の場合、物理的に運転出来ないようにする。そういう事でしょうか?」

「となりますと、例えば自動車に運転免許が無ければエンジンが起動しない。そういう機能にすれば、免許を返納した高齢者は動かせないという事になりますな」

 

 おお!!っと参加者から笑みがこぼれた。

 

「なるほど、となれば運転免許証のICチップ、または当人の指紋などでエンジンが起動する様に設定すれば、免許返納者は運転出来ないって事だな。」

「ははは、確かにそれは良い。これなら法案を作らずとも自動車メーカーで、専用のシステムを開発して、そして売りだせば問題はなくなるわけですね。良かったですね。社長。新しい販売戦略が見つかりましたぞ」

「はい、こちらとしては今後の開発の視野に検討したい思いますが、ただ少し気になる事があります。仮にそれで免許返納者で仕分けをする場合、免許返納者のデータをこちらにお渡していただけるのでしょうか?」

「「「!?」」」

 

 ?・・・何故この人達はそんなに驚いた顔をしているんだ?と、そう疑問に感じたが、直ぐにその疑問が解けた。

 

「要は我々国が管理しているデータを民間企業にお渡しする・・・という事ですかな?」

 

「はい、国民のデータは公共管理物と言えます。易々と外部に漏らす事は許させませんし、仮に情報漏えいの問題が発生した場合、業界全体を揺るがす大事件になりかねません」

 

 要は免許返納者に車を売らない為にも自動車業界は免許を返納した高齢者のデータを持たなければならない。しかしそれは言いかえれば国民のデータ。本来各都道府県の公安委員会が管理しているモノを民間企業に渡さないといけない。つまり民間との連携時に情報漏洩しないと言えるような万全なセキュリティー対策があるシステムの開発を行わないといけないわけだ。

 

「暗号化してお渡しするという方法もありますが、年金機構の情報漏えい以降、国民は公共団体の情報管理能力には疑問を抱いていると言えます。ワクチン接種でも対応が遅れた事でも有名ですし、恐らくですがデータ提供に対する反対運動が起こると思います。またもし仮にその難所を越えて、我々民間企業がそのデータを使えたとしても既存のシステムに新しく組み込む必要がありますし、セキュリティーの観点から費用は数億円規模に上ると思います。財源はどうなるのでしょうか?」

 

 皆黙る。要は公共系のデータを暗号化して民間企業に渡すという方法はあるが、年金機構のデータ管理の杜撰さについては国民の信頼は回復していないと言えるし、マイナンバー制度やワクチン接種でも政府の対応に不信感を抱いている人がいる。反対する人が出てくるのは必須だろう。その上、データ管理に莫大な費用が掛かるわけだから、予算確保の為に現在の公共サービスの削減、または増税という話になる。果たして国民は高齢者の運転を無くす為に増税を受け入れてくれるのかと指摘しているようなのだ。

 

「そうだ!高齢者ドライバーの免許更新時の費用をあげて、それを財源にしてみてはどうだろうか?」

「何を言っている。日本は少子高齢化社会だぞ。高齢者の数が多い分、民主主義である以上、そんな高齢者だけが負担するような政策は高い確率で否決される

「またもう1つの懸念材料として既存の運転免許無しで動く車への対処はどうしましょうか?仮に全ての自動車を改修する場合、当たり前ですが全ての車を点検しないといけなくなります」

 

 今回の場合、車の機能の問題ではない為、リコールの対象にはならない。その為、全ての車を点検する為には助成金や補助金など点検した場合の特典を作るしかない。つまりここでもまた増税の要因を作るわけだ。更に補助金だけでは効果が薄い。なにせ一番肝心な認知症高齢者が「自分は認知症ではない、運転出来る」と思っているのだから、対象者の車の規制は後回しされるの見える。つまり全ての車を点検するというのは現実的ではなく、効果が薄く、ますます国民は増税に反対してくるという事になる。

 

「野党は恐らくその部分をついてくるでしょうな。『果たして、本当に運転免許がないと動かない車は増税してでも必要なモノなのでしょうか?』とね」

「我々が管理している自動車や、ライバル社と掛け合えばメーカーの方では何とか出来ます。しかし外資系の車となると日本レベルではなく、世界レベルでの協力が必要になります。更に我々の管轄外である中古車市場となるとどうしても手を付ける事は難しいです。そんな事をしている時間があれば、自動運転の実現に注力した方が圧倒的に早いです」

「正直、自動運転技術が実現するまで、事故が起きないよう踏ん張った方が良いのではないでしょうか?」

「まぁ、確かにそれなら高齢者が運転する危険は減るから、全ての車を回収するより現実的だな」

 

 おいおい、折角高齢者の運転に向けて頑張ろうとしているのに、国民は反対するだろうから止めるってあまりにも諦めが早くないか?

 

「いや、これはやるべきでしょうな。確かに今までの経験上、税金を使う話になれば国民は反対し、法案は否決される可能性が高いですが、だからと言って認知症高齢者を怠ってよいという理由にはならない。その為、我々は例え低確率であっても認知症高齢者の危険運転への対応を実施しないといけないと思いませんか?」

 

 そうそう、政治家の中にもちゃんと発言してくれる人はいるんだな。

 

「だからこそ、せめて国民が高齢ドライバーへの対策に反対したという事実は作るべきだ。例えこの会議で免許証と連動した自動車販売の法案を作り、残念な結果になっても、それは国民が選んだ事だとね」

「そうですな。例え高齢者の数が多く、法案が否決されてもそれは我々の責任というより、国民の問題。仮に問題が起こっても政治家ではなく社会がおかしいという事になりましょうな」

「そう、要は国民が高齢者ドライバーの規制を言っておきながら、最終的には国民自身がその法案を否決する。そういう構図を作る事が大事だ。結局のところ、国民が『問題だ』と叫んでも自分達への負担がある事を知ると、手のひら返しをしてくる。我々はよくそれで辛酸をなめられましたな」

「必要だと言っておきながら、手のひら返しをしたという事実は作るべきでしょう。認知症高齢者の運転規制には増税が必要です。と言ってこの問題が鎮静化するのも良し。そして仮に具体案を決定する上で野党からの反対があり無かったことにするのも良し。そしてその手の問題が運よく乗り越えられ、法案が可決されるようになればそれもまた良い。少なからずせめて我々政治家は「必要な事はやりました」と言えるようにしておく必要がありますな。今後はその方針で政策を練りましょう」

 

 会議が終わって俺は外に出る。一部始終話を聞いていた失望感を抱いていた俺に上官が語り掛ける。

 

「お前は今回の会議を見て、どう思った。いや、訊かずともその顔で分かるな。私自身、何度もこの会議に参加し、同じような光景を見てきたが、その原因として日本は少子高齢化社会で高齢者が人口の大半を占めている。となれば多数決で高齢者が有利な法案が出来、今回の場合、高齢者の運転を取り締まるこの法案は高い確率で反対される。先の増税の件もその1つで、高齢者を物理的に取り締まるのは難しいだろう」

 

「・・・難しいだろうって、仕方がないと言いたいのでしょうか?」

 

国や警察をあてにするな、と言いたいのだ。先の話を聞いたのならイメージがつくかもしれないが、お前が仮に向こうのメンバーの一人だったとしてどんな提案を投げかけられる。この問題は予算や時間、そして当事者は認知症によって正しく判断できない状態にある。これは第三者が介入して直ぐ解決できる代物ではない。

 

 そして私が更に懸念しているのは、この手の問題が先送りされ、そして世間が先送りした理由を知れば、ヘイトクレイムによる高齢ドライバーを排除する輩が出かねない。相模原市ではない高齢者ドライバーではないが、障碍者に対し殺傷する事件があったから、警察や国に頼れないのであれば、犯罪を正当化する輩も出てくるだろう。となれば警察はその手の業務に忙殺する事になる。高齢者ドライバーの取り締まりは更に難しくなるだろう。

 

 私の結論としてこの問題は当事者が個々に解決しなければならないと見ている。だから『国が解決してくれる』と待ちの姿勢で構えていると痛い目に遭う。誰かが何とかしてくれる、と安易に考えるのではなく、自分自身でこの問題を解決する、そんな意気込みでやらないと取り返しのつかない事になると思うぞ」

 

 

高齢者ドライバーの社会問題の深刻さ

 

 あの会議室でのやり取りから数日後、今、俺は親父と一緒に実家で暮らしている。あの日以来、噂を聞きつけた近所の住民(若い人)が「あんたの親父、無免許で運転しているのか?」と怒鳴りこんで来たりしていた。そりゃ、人を轢いたのに本人に刑罰が下されず、更に直ぐに釈放されたと聞いたら誰もが不安で仕方がないと思うのは当然だ。

 

 親父の知り合いが話した通り、高齢者なのに運転している、そして無免許で運転しているなんて事実を聞かれたら『逮捕する』なんて言われる。しかし認知症なので直ぐ釈放された事実を知ると今度は『出て行ってもらう』と言ってきた。だから俺は親父を無免許の時に捕まえても直ぐ釈放されるし、介護を四六時中見張るのは体力がいるし、更にそれで俺達の財産を食いつぶしても、生活保護を受ける資格が逆に生まれるから、君たちの税金の負担が更に増えるんだよと伝えた。そしたら目の前の若者は一瞬固り、そして俺をまるで悪魔を見るような目つきで睨んで来た。

 

 そう、あの日以来、俺は更にこの問題の深刻さについて考えた。現在のところ、高齢者ドライバーが運転する場合、運転免許を返納しようという声がまだあるが、仮に運転免許を返納させたら認知症という犯罪免除の状態になり、家族、警察、恐らくだが行政も止める事が出来なくなる。

 

 となれば次に世間が考える事は「犯罪者の財産を枯渇させる」、言わば無免許運転している所を片っ端から見つけ賠償金を支払い、車が買えなくなるくらいの貧困に追い込むと考えるのだろうが、日本には生活保護という制度がある。要は例え相手の全財産を枯渇させても、憲法では最低限の保障をする事になっているから、俺達を枯渇させても生活保護という別の税金が生まれる。だから意味がなく、高齢者の無免許運転も同様で車を買えなくする事で交通事故によるリスクを減らしても、俺達が受ける行政制度の恩恵が少なくなり、別の形で被害がやってくるという事を頭に入れておかないといけない。

 

 それに生活保護以外でも認知症高齢者の中にはまともな生活をする事が出来ず、家をゴミ屋敷にしてしまい、町の風景を壊したり、近隣住民を異臭で体調不良を起こさせたり、また火事になりやすくなる事から、結局、車や免許を取り上げても別の問題が生じる。

 

 それ以外にも判断能力がない高齢者だとして、犯罪の隠れ蓑、また詐欺などの被害に遭いやすく犯罪組織の新たな資金源になりかねない。つまり認知症の高齢者を排除するのではなく、認知症にしない事が重要で、運転免許返納による認知症発生率を極力抑えていく、また認知症になっても犯罪発生率を抑えていく、そんな政策が今後必要になってくるだろう。

 

 だから俺はもう借金をしてでも親父を介護施設に入居させる事にした。先の会議室でのやり取りでお偉いさん方は「先ずは有料老人ホームに入居させて、費用の安い特別養護老人ホームが空いたらそこに転居させる」と、そんな方針を打ち出してくれた。確かに親父をこのまま野放しにする事は出来ないし、介護相談員の話では目安として2,3年と言ってくれたので、2,3年であれば、有料老人ホームであっても何とかなるかもしれないと思った。

 

 怒鳴りこんできた若い人にはその事を伝え、更に運転免許を返納しても解決しない事実についても伝えた。向こうは納得しなかったが、問題が収束に向かっている事を感じて、それ以上追及してこなかった。

 

「JR北海道は路線の縮小を決定いたしました。」

 

 先のやり取りの後、家に戻り、親父が何処にも行かないよう一緒にテレビを見ていた。JR北海道が路線を縮小するニュースが入り、これでますます北海道民は自分達の足で生活しないといけなくなり、まぁ、自動車で運転する人達が増えるんだろうな。と思った。

 

 高齢者の運転を減らす為には代わりとなる交通インフラが必要になってくる。しかしJR北海道の場合、他のJRと違い、雪が降る為、鉄道の維持費が高い。その結果、経営難に陥ったようなのだ。おまけに電車以外でもバスや船もガソリン代の高騰、または地方の人口減少に伴い撤退するニュースも相次いでいる。これは聞いた話だが、地方住民を都会に移動させて移動距離を減らしていく政策を取るべきでは?という話を聞いた事がある。

 

 要は人口を一極集中させ、交通インフラ、水道、電気などの様々なインフラを集客させれば展開する設備も少なくなり、財源確保が出来るというわけだ。日本では破綻した夕張市もコスト削減の為、人口を集中させる方法を取っていた為、借金大国の日本も将来、そんな一極集中型の設備投資への政策に切り替わる可能性があると見られている。正直、今のこの故郷から離れる覚悟はしないといけないかもな。

 

「自動化運転の現状」

 

 是非とも自動運転は実現してほしいモノだ。今の親父は運転出来るような状態ではない。だから親父のような高齢者、特に独居老人が運転せずに生活する為には生活必需品を家に持ち込む、または外出し、運転の必要性がなくなるインフラが必要だ。自動運転は正に高齢ドライバーの希望の星なのだ。

 

 現状ではUberEatsなどの宅配サービスを利用し、何とか食いつないでいる。自動運転の実現はいつになるかは分からないが、親父が事故を起こさないよう、俺がしっかり見張っておかないとな、ってあれ?

 

 ・・・ふと横を見てみると、さっきまで一緒にいた親父の姿がない。トイレかと思いきやトイレに明かりがついていないので、「どこに行ったのかな?」と思っていたら、「ちょっと会社に行ってくる」と外から声が聞こえた。

 

 ・・・今の言葉を聞いて慌てて外に飛び出してみた。すると親父はもう車に乗っており、もう車がガレージから半分出ている状態だった。急いで駆け付けようとしたが、親父は俺の声が聞こえないのか、急発進して家から飛び出し、そのまま暗闇の中へと消えて行った。

 

 「嘘だろ・・・」

 

 今の時間は夜11時。会社など開いているわけがないし、何よりも親父は会社を10年以上も前に辞めている。親父はもう正常に判断出来る状態にないと言わざる得ない。今回はテレビに夢中になっていた僅か数分足らずの内に起こった出来事だった。そして夜の時間帯も運転するリスクがあるという事は俺は四六時中休まず監視するしかなくなる。『寝るな』って事か?俺が親父の近くにいれば大丈夫だと思っていたが、俺がトイレに行っている時や、風呂に入っている時や、いや俺が寝ている時は、一体どうやって親父を監視すれば良いんだ?

 

 親父が動けないように拘束するしかない?いやそれだと高齢者ドライバーの模範例に反してしまう。いや、その前に親父が何処かに行ってしまったんだ。警察に連絡して、何処に行ったか探してもらうべきなのでは?いや、それだと周囲の人に知られ、危険視される。いや、でも事故が起これば警察は親父が無免許なのにそのまま釈放し、そして事故を起こしたというニュースになり、皆に迷惑をかける事になるのでは?

 

 結局、警察に連絡して親父を探してもらうしかない。とそう思っていた矢先にスマホから妻からのメールが届いた。

 

「ごめん、本当に今、大変な時かもしれないけど、ウチのお父さん、ずっと前から認知症を患っていたらしく、お母さんがずっと世話をしていたそうなの。でも体調を崩し、もう誰かが見てもらわないといけないくらい深刻な状況なの。ウチのお父さん、お母さん、お義父さんの運転で大変だからって事でずっと黙っていたみたいなの。だから今、病院の先生から『もっと早く来てくれれば』と言って、多分、これから介護施設に入居するかどうか今度考えないといけないけど、申し訳ないけどこれからの事について相談させて」

 

 もうダメだ。親父だけの介護費なら何とかなると思っていたのに、今度は妻の家族の分まで来ると到底耐えられない。それに親の介護の事だけでなく、娘の教育費についても考えないといけない。こうなってしまった以上、通う学校だってもう安い所しか行かせられない。いや、もしかしたら将来、大学の費用が払えないから高卒で頑張ってくれなんて言わざる得ないかもしれない。つまりそれは娘の将来まで閉ざすような事になる。なんで、なんでこうなってしまったんだ。と目から涙があふれ出てきた。

 

 もっと、もっと運転免許を返納した後の生活を考えるべきだった。軽率に危険だから免許を返納しようと言わなければ、親父はまだ認知症にならず、せめて娘が大学卒業するまで元気だったかもしれない。生活に関してだって俺が必要なモノを送り届ければ、運転する回数が減り、事故が起こる確率を減らせたかもしれない。ただ単純に返納しろを迫るのではなく、なぜ免許を返納すべきなのか?その辺をもっと意識して説明していれば親父は納得したかもしれない。今思い起こすと「危険だから運転を止めろ」なんて本人のプライドを傷つける説得にしかしてこなかった。やはり本人を説得する為には、何故辞めるべきなのか?そこを真剣に考えるべきだった。甘かった。全てが甘かった。そして俺だけでは支えきれない介護費が発生した以上、もう遅い。全てが遅すぎた。俺はもう家族を支えない最低な大黒柱になってしまった。

 

 家の中からテレビの声が聞こえてくる。

 

「・・・警察は認知症の疑いがあると見て、慎重に捜査を進める方針です。」

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