高齢で運転免許を返納させたのに、運転をやめない認知症の親の家族の例

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「父が事故を起こしたのに反省しないし、返納に反対する」

「認知症で高齢の父の運転をやめさせたい」

「人身事故を起こした場合、家族への賠償責任は?」

 高齢者の危険運転、そういうニュースを聞くたびに運転免許を返納しろと言う声が上がりますが、実際のところ、この高齢者の運転というのは、ただ単純に運転免許を返納すれば解決するわけではありません。

 何故なら運転免許を返納した後、生活の急激な変化によって認知症を発症し、自分が運転免許を返納した事を忘れてしまうリスクを生むからです。

 そのリスクは後に、再度運転しようという考えを生み、そしてここでは返納後に運転するケースについて触れております。車の運転というのは免許が無くても動かせます。そして車の鍵を取り上げたり、廃車にして運転出来ないようにしても、鍵を作ったり、車を購入する事は無免許であっても可能です。その為、車を完全に撤去しても再度運転してしまうリスクがこの社会には存在するのです。

 なら無免許で運転させないよう家族総ぐるみで監視するべきなのですが、家庭によっては限界があります。その為、ここではその辺の難しさについてまとめた内容、運転免許を返納しても運転をやめない親を持つ家庭の視点で、如何に高齢の親の運転をやめさせるのが難しいのか?ストーリー形式で説明しております。

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事故を起こしたのに運転をやめない親

「危険運転で逮捕された〇〇容疑者85歳は・・・」

 85歳?おいおい、いい年してるんだから運転なんかやめてほしいもんだ。まぁ、そういう人を取り締まる為に警察官になったんだ。定年退職(退官)前にある程度対応して被害を少なくしておかないとな。とは言うものの、俺も最近親父の所に帰っていない。ウチの親父も結構年いっているから、ちゃんと運転していないかどうか確かめておかないと。

 というわけで、そこで試しに週末、ウチの親はどうなのかなと実家に足を運んでみた。すると車の後方部がへこんでいて、傷がついているのを見つける。見た限りではどうやら車庫入れに失敗し、壁に激突。そして車の側面にも擦り傷がある事から、これは明らかに家の中で出来た数ではなく、外のどこかの壁にこすって出来た傷で、外で事故を起こしたにもかかわらず、ウチの親は何事もなく運転しているんだと、この時悟ったのだ。

 ウチの親ももう70歳を超えているし、どうやらウチも高齢者の危険運転を放っていた家庭のようだ。これは親父に運転を止めるようガツンと言いくるめる必要がある。試しに親父の助手席に乗車し、運転を見てみると停止線を超すわ、周囲確認を怠るわ、急発進するわで、明らかに危険な運転をしている。この際、もう運転を止めるよう親父に言ってみたんだが反対してきた。

「俺は長年、トラックの運転手として働いてきたんだ。事故なんか起こすわけがない」

「俺が運転出来なくなったら、買い物や通院はどうすんだ!!」

「まだ運転出来る。運が悪かっただけ、大丈夫、次から気を付ける」

 と言って、聞く耳持たず。正直なところ、長年運転業務に携わってきたのなら、事故に対する安全意識は人一倍高くて、少なくとも再発防止に取り組むべきなんじゃないのか?それを「事故なんて起こすわけがない。」「運が悪かった」と一言で済ますのはどうも人として見過ごす事は出来ない。事故の深刻さを正しく判断出来ない以上、家族である俺が止める必要がある。その為、先ずはもしウチの親父が車で人を轢いてしまった場合、どうなるのか調べてみた。

 仮に過失による事故の場合、

懲役7年以下、または100万円以下の罰金

 が科せられるようになっている。一方で、もし親父が飲酒運転やスピード違反など危険運転で事故を起こした場合、更に罰則が厳しくなり、罰金刑はなく、懲役12年~15年の刑に科せられる。流石にそんな危険運転をするとは思いたくないが、問題は過失による罰金が100万円であり、無論そんな金、とても払えない。またそれとは別に被害者からの賠償請求があり、これは人によってはまちまちだが、賠償金を払えるかどうかは親父が任意保険に入っているかどうかで決まるらしい。つまり払っていないと家財全てを売り払って文無しになるリスクがあって、だから親父が任意保険に入っているかどうかを確認しないといけないわけだが、親父は全く会話に参加しない。

 これはもう親個人の問題ではなく、家族全員の問題だと思い、俺はお袋や妻も巻き込んで、親父の運転を止めさせる方法を皆で考える事にした。その説得材料の1つとして運転免許証を返納した場合の特典、運転免許返納制度について調べてみた。

 特典は企業によって違うが、バス会社の場合、路線バス料金が半額。タクシー会社の場合、タクシー乗車運賃が1割引など交通便のサービスが豊富であり、仮に運転出来なくなった場合、このサービスを中心に利用すれば親父が普段から使っている買い物や通院も可能だと思った。ただバスやタクシーは自家用車と比べガソリン代がかかる為、費用の面を考えればまだ説得には弱い。そこでもう1つの説得材料として交通関連のサービスだけでなく、例えば買い物の商品も安くなる事をアピールして、「ほら運転免許を返納した方が総合的に運転するより安くなる」と説得してみた。一応、特定のデパートやフランチャイズチェーン店の割引サービスもあるし、温泉や宿泊施設などの割引もある。だから車が無くなった事によるストレス解消もこれで何とかなるかもしれないと思った。

 そしてこの社会では運転免許返納後『身分を証明するモノがない』と困る人向けに、運転履歴証明書というモノを発行される。要は運転免許と同様の身分証明書を作ってくれるわけだ。写真1枚と1000円で1か月後に配布され、運転免許と同等の本人証明になりうる。

 免許返納後の利点、そして運転免許の代わりとなる証明書、これら2つがあれば危険運転するより良いと説明すれば大丈夫と思ったが、いまだに親父は反対してきた。それどころか「人を年寄り扱いしやがって!!絶対運転免許は返納せんぞ!!」と、逆に頑固になり、運転を止める事を止めないと宣言してしまったのだ。

 しかし親父が事故を軽率に扱っているのは事実。だから親父が運転出来ないようにする為に車の鍵を俺が預かる事にした。当初、鍵を隠された事に親父は大激怒したが、これも家族を守る為、事故を起こしても反省しない親に対する戒めと言って、運転出来ないようにした。親父は「買い物や病院行く際はどうすればいいんだ!!」と怒ったが、「タクシーや電車を利用してください。免許証を返納すればタクシー代だけでなく、買い物代も安くなりますよ」と言って、実家を後にした。

 本来なら、これで解決したと思ったのだが、数日後、実家にいるお袋から「お父さんが車で出かけて行った」と報告が入った。鍵は俺が預かっているのに何故?と思ったが、話によるとどうやらウチの親父、鍵を無くした事にして鍵屋に鍵を作成してもらったのだ。

 ネットで調べてみると、車のキーを再作成する際は事情を話さずとも車のメーカーや鍵の種類を言うだけで再作成が出来るらしい。どうやら高齢者の運転は鍵を預かる程度では解決しないようだ。その為、次の休みの日、実家に行って鍵を再度預かろうとしたが、親父は「お前が勝手に鍵を持って行ってしまったから、止む無く鍵を作った」とか言いだして、反省どころか息子の俺に問題があると言い出したのだ。最早呆れて何も言えず、更に親父は俺が鍵を持ちださないよう、金庫を購入し、そこに鍵を隠してしまったのだ。ここまで来ると流石に手はつけられず、仮にその車のキーを奪えたとしても、また鍵を再作成してしまう。だから鍵を取り上げる以外の方法を見つけ出さないといけない。

 そこで次に思いついたのは車自体を廃棄する事だった。後見人制度を利用して親名義の車を廃棄出来ないかを調べてみた。しかし廃車にする場合、登録名義人の印鑑証明書や売却・廃棄に本人の実印がついた証明書が必要である。つまり親父の許可がないと廃棄出来ない事が分かった。しょうがないので、車自体を廃棄するのではなく、バッテリーやヒューズなどを抜いて車を動かないようにしたのだが、修理屋を呼ばれて徒労に終わった。

 こうなるともう親父が動けなくなるまで事故を起こさない事を祈るしかないか・・・と思っていたが、ある日ひょんな事で免許を返納しようと言う話になった。きっかけはウチの娘の発言だ。ある日、日頃から運転が危険だと言われていたウチの親父が娘を連れて自分の運転テクニックを披露しようと勝手に乗車させたのだ。だが娘から「おじいちゃんの運転、急に動いたり、止まったりするから乗りたくない」と言いだし、極め付けに「おじいちゃん。あたしが死んでもいいの?」と言われ、涙目になった親父は「もう運転はいいや」と言って、免許証返納に受け入れたのだ。

 高齢の人からすればかわいい孫の言葉は絶大だというのが良く分かった。親父には辛い思いをさせてしまったかもしれないが、娘の言う通り、危険な運転で子供が死なれては困るし、身内ではなく、これが他の家庭の誰かという可能性もある以上、早期に解決しないといけない。だから折角のチャンスだったのでこのまま免許証を返納させてもらったついでに、車も廃車にし、この案件は終わったかのように見えたのだが、1年後、実家のお袋から

 「おじいちゃんが車を買って、それに乗ってどっかに行ってしまった!!」

 と連絡が入ってきたのだ。

運転免許を返納したのに運転しようとする親の例

 なぜ?もう免許を返して運転出来ないはずなのに。いや、それ以前になぜ親父は車を購入し、そしてそれに乗って何処かに行ってしまったのか?無免許だと車を購入出来ないのではないのか?その辺についてお袋の話によるとどうやら親父は自分が運転免許証を返納した事を忘れてしまっているようなのだ。

 電話では事態が掴めない為、急きょ実家に行き、再度母親から事情を聞いてみた。時は遡ること1年前、親父が運転免許を返納してからは、主に免許返納で得られるタクシー会社のサービスを利用して移動していたが、予定の時間に来なかったり、タクシーの運転手が親父と同じ、またはそれ以上の年齢の人だった為、「何であいつらは良くて、俺はダメなんだ!!」と激怒し、サービスに対して時折不満をもらしていたらしい。

 タクシー業務というのは定年後の高齢者が再就職しやすい1つの業種にもなっており、親父と同年代、またはそれ以上の高齢者がタクシーの運転をしているケースが近年増えているらしい。その為、タクシーを利用する度にお袋は親父の愚痴を聞いて、なだめたりしてたのだが、ある日、いつものように15分程度で帰る予定だったのに、タクシーの運転手が新人で迷子になり、真夏の炎天下の中、親父達はずっと長時間待たされ、折角買った生鮮食品が家に帰る頃には食べられなくなっていた。それを機に親父は「もう我慢出来ん」と激怒し、タクシーサービスを利用しなくなり、代わりに宅配サービスを利用。それで生活必需品を賄っていたわけだが、その結果、親父はひきこもりがちになり、日頃の言動がおかしくなってしまったらしい。

 恐らく、親父は認知症を発症したようなのだが、ここで肝心なのは親父は何故車を購入し、そして何故無免許なのに車を買えたのか?そこが問題である。その辺についてお袋に訊いてみると、親父が認知症になってから「車は何処だ!!」と言い、その度にお袋が廃車にしたと説明しているのだが、「そんな記憶はない!!」「嘘をつくな!!」「車のキーを探すのを手伝え」と批判し、毎日同じような事を繰り返しているせいで、ついにお袋も耐え兼ね、病院に通うようになってしまったのだ。

 そしてある日、お袋が病院の診察を終え、家に帰ってきた時、親父が

「お前がいつも苦しそうに病院に通っているから、送り迎えが出来るよう車を買っておいたぞ。」

 とお袋が病院に行っている隙に親父が勝手に車を買ってしまったのだ。

 なんて事だ。と俺は思いつつも、この事件が起きる前、知り合いの医者から高齢者ドライバーの対策として事情を訊いており、その時の話の際、こんな事を言っていたのを思い出す。

「もしかしたら徘徊して、町中を車で走り回る可能性があるから十分注意してくれ」

 どういう事かと言うと、認知症高齢者の1つの症状に『徘徊』というのがある。要は自分のいる場所が分からず、目的もなくその場をうろつく症状の事で、通例なら歩行で徘徊するのだが、運転に慣れている高齢者だとこれが車による移動になる。つまりウチの親父の場合、正しい判断が出来ず、ニュースでよく目にするような危険運転をする場合があるから注意してくれ、と警告してきたのだ。

 冗談じゃねぇ!!。と俺は早速妻を呼び出し、親父が出てこないように頼んだ。そして認知症を直す方法はないのか?と改めて医者に連絡したのだが、認知症の場合、これだと言える有効な解決策はなく、あるとしたらこれ以上、認知症を悪化させないようにするくらいだ、と言われてしまった。

 高齢者の危険運転がニュースになる度に運転免許を返納しろと叫ばれるが、医者から言わせれば、免許や車を取り上げても、車は高齢者にとって欠かせない必需品とも言える。だから生活面で苦労し、それがストレスとなってひきこもりがちとなり、更に認知症の症状が悪化する場合がある。だから世間の人達にはただ取り上げる事ではなく、返納後もストレスのない生活を送る為にはどうするべきなのか?考えないといけない。と言っており、この話を聞いて、俺自身もただ取り上げれば良いと考えていた事に反省した。

 

運転免許が無いのに車を売る自動車販売店

 ただ一方で何故免許証を持っていない親父が車を買えたのか?いや、それ以前に何故、自動車の販売店は認知症の疑いのある人に車を売ったのか?親父に自動車を売った自動車販売店にぶつけようのない怒りを持ち始めていた。そして俺はその自動車販売店にクレームを入れる為、そして買った車を返品する為に、自動車販売店に乗り込みに行った。

 事情を説明したところ、店長は謝罪はしたものの、なんと車の返品は出来ないとそう言ってきたのである。その理由として返品が可能なのは、特定商取引に基づく販売、つまり訪問販売や、中古車の売買のみで、親父が買った車は新品である為、返品対象ではなく、返品が可能なのは買った車に何かしら問題があった場合のみ、と言われてしまった。「ふざけるな!!」と親父が認知症だと気づかずに車を売った担当者にも怒鳴りつけたが、謝られるだけで平行線をたどるだけ。

 そこで俺は視点を変え「何で無免許なのに車を売ったのか?」と車を売る際に免許の確認をしないのかについても確認したが、「それは当社ではお客様が車をご購入する際、免許証の確認は行っておりません。また仮に運転免許がない人でも車を購入する事は可能で、それは他社も同様です」とそう言ってきたのである。

 何故無免許でも車を買えるのか?その辺の話を聞くと、無免許なのに車を販売するケースは大きく分けて4つある。1つは購入者がまだ17歳でこれから車の免許を取ろうとしている人の場合。2つ目は車を買う人の名義が法人企業の場合である。この辺に関してはウチラとは無関係だが、肝心なのは残りの2つで、先ずは車を購入する人は無免許だが、車を運転する人は秘書か家族などの場合だ。つまり代行運転する人がいる前提の購入だ。昨今、高齢者の運転免許返納が話題となり、家族が代わりに運転するケースが増えている。その為、高齢者が車の代金を支払い、別の人が運転を行う。そんな役割分担のケースが増えているのである。

 「なら購入の際、代わりに運転してくれる人がいるかどうかを確認するべきなのでは?」と訊いたが、それがネックとなるのは最後の4つ目のケース。無免許だけど車を運転するのが目的ではなく、節税目的で購入する場合である。例えば会社の経営が黒字だった場合、黒字だと税金を納めないといけないが、わざと高級車を購入して赤字にすれば納める税金額が少なく済む為、節税目的で車を購入する人がいる。当販売員は親父がそのケースだと思い、深く追及せず、車の販売を許したのだ。親父のような一般の人でも?と思うが、節税というのは何も会社を運営している人だけでなく、一般家庭の人、例えば不動産や株を所持している個人事業主も対象に入る。親父のような高齢者だと自分の退職金を元手に資産運用する人が多い為、無免許の親父が車を購入する事はおかしくない事なのである。その為、今回のように無免許で、認知症を患っている人に対し、車を販売させない事をするのは経営上の観点から難しいと言われた。

 「今回の一件はお客様に大変なご迷惑をお掛けしました。弊社も再発防止に取り組む所存ではありますが、ただお客様の為にもこれだけは言っておかないといけない事があります。先ず弊社では従業員は数年で別の販売店や、または部署などに移るシステムとなっておりますので、お父様の顔を覚えている従業員は数年でいなくなると思われます。そしてわが社には顔認証システムなど、お客様の顔を識別する機能は持ち合わせておりませんので、事前に購入を防ぐ事は難しいと考えられます。更に弊社にはいないと思いたいのですが、従業員の中にはノルマ達成の為、認知症だと分かっていても車を販売するケースがございます。今回の一件で当販売店においては事前に対処出来ますが、別の販売店、そしてライバル店となりますと情報共有が難しく、仮にお父様がここではない別のところで自動車を購入する事になりますと、我々としてはどうする事も出来ません。その為、大変申し訳ございませんが、出来るのでしたらお客様の方で何とか対処出来ないでしょうか?」

 本来なら「無責任な!!」と怒鳴りつけたいところだが、考えを改める。というのも向こうから言わせればそんな事を言わずとも、親父の落ち度で今回の事件に至っているわけだから、謝罪の一点張りで終わらせる事だって可能のはず。なのに販売店の裏事情を話してくれて、かつ今後の親父の対応についてまで考えた上で発言してくれた。ある意味、この店長は悪い人ではないと思うし、これ以上追及すれば責任問題となって、親父の事を知る数少ない一人を失う事になりかねない。だからこれ以上追及するのはやめたのだがそれでも根本的な部分は解決していない。この店長の言った通り、これは俺達で何とか解決するしかない。・・・運転免許を返納すれば”めでたし、めでたし”と思っていたのに、とんだ問題が出てきたもんだ。

認知症で無免許で運転する親の責任はその家族のみが取る日本の法律

 帰宅後、俺は親父に運転を止めるよう強く叱ったのだが、「うるさい。そもそもお前が間違えて車を処分しなければ余計な金を使わずに済んだ」と俺の手違いで車が無くなったという話になり、俺は「免許がないのにどうやって運転するんだ。」と言えば、「バカか。免許なら持っている」と言い。「じゃあ、見せてみろ」と言ったら、「今は持っていない」と言い、挙句の果て「この車はもともとウチにあったものだろ?」と自分が車を買ったことすらも忘れている。もはや認知症の人を相手にする場合、真面な話し合いで解決出来る問題ではないと悟った。

 このままだと親父は犯罪者になってしまうが、無免許運転の場合、現行犯逮捕でないと逮捕出来ない為、例え無免許で運転していた事を知られても、逮捕はされないのである。とは言え犯罪である事には変わりのない事だし、親父が運転出来ないようにする何かアイデアを練らないといけない。

 仮に親父が無免許運転で捕まった場合、どうなるのか調べてみたが、

無免許運転で以下のような状態だった場合 刑罰内容
人身事故以外の場合

3年以下の懲役、または50万円以下の罰金

※ただし、交通事故ではなく、検問や職務質問で発覚した場合、その場で逮捕されず、後日、罰金を支払われるのが大半。

人身事故の場合 6か月~15年以上の懲役刑

 上記のようになっている。そんな懲罰についても無視できないが、俺が上記以外で気になったのは無免許幇助についてだ。

 無免許幇助というのは、もし仮に無免許だと知りながら運転させた場合、その人は1年以下の懲役、または30万円以下の罰金を科せられると書いてある。つまり親父が無免許運転だと知っている家族にも罪に問われてしまうようになっているのだ。

 その為、仮に事故を起こした場合、家族が賠償金を支払う事になるのだが、無論人の命を賄えられる程の金など用意する事は出来ない。それどころか、親父は認知症で責任能力がない。本人は罪に問えず、直ぐ釈放され、そしてまた運転し、事故を起こす。つまり親父の暴走を止められず、ずっと家族が賠償金を払い続ける。そんな人生を送る事になりかねないという状態にある。「冗談じゃねぇ!!」と思い、万が一に備え、任意保険に入っておこうと思ったのだが、親父自身の許可が必要だったり、または保険会社の人からは「認知症の方は審査が通りません」と断られてしまい、手の打ちようがない状態に追い込まれた。

 運転免許を返納すれば万事うまく良くと思ったのに、蓋を開けてみたら、認知症になって、無免許なのに車が買え、更に運転するなんていう思わぬ落とし穴があって、つまりウチの親父を止める為には誰かが四六時中見張っていないといけない状態に追い込まれたという事だ。誰だよ。高齢者の運転を止めさせる為に運転免許を返納させようって言った奴。

 と恨みをいただきつつも、当面の問題を解決しないといけない。俺の場合、実家から遠く離れているし、お袋だけだと今回の件を見る限りでは限界がある。妻に見張らせるか?いや娘の世話は誰がする?となると・・・やっぱり介護施設に入れるしかないと思った。

介護施設への入居に反対する親

「入居費だけで100万円・・・」

 親を入れる介護施設を探していたのだが、どれも見る限り入居費は約100万円。そして月々の支払いが15万円と知る。「こんなに高いのかよ」と愚痴をこぼしていたが、現実がこうである以上、事実として受け止めるしかない。ただ地方に行けばもっと安いモノもあるが、それでも俺の収入から考えて月15万の金額は高すぎて、娘の教育費どころか家族3人で暮らしていく事すら出来ない。本来なら実際に入居する親父が出すのだろうが、無論、親父は入居に反対している。

 経済的な面で頭を抱えていたが、俺が見ていたのは民間の介護施設で、国が管理している比較的安価な特別養護老人ホームだと何とか出来そうだったので、「ではそこに!」と思ったが、相談している介護施設の人から「今の時代、特養の利用者は年々増えており、恐らく入居までに2年近く待つと思われます。」

 2年?日本の場合、介護休暇は法律で最大90日だから、全然足りないじゃないか!日本は高齢者が沢山いる国というのは知っていたがそれが介護施設を満員にするほどの数だというのは知らなかった。「今の時代、高齢の方が沢山いると聞きますが、対応する介護士の数は少なく、歯止めとして値段をあげ、人数を減らす方法を取っています。更に値段が比較的に安い特養については、国の指導で事実上要介護3以上の人でないと受け入れない体制になっています」

 これを聞いてウチの親父はまだ介護認定を受けてなかった事を思い出し、一度医師に親父を見せてもらおうと思ったが、「なんで俺が病院に行かないといけないんだよ」と言って病院に行く事を拒んだのだ。介護認定は何も施設の入居の為だけにあるのではなく、家にヘルパーを呼んだり、親父が受けるオムツなどの介護用品の補助も受けられる。しかしそれは親父に要介護度があればの話で、自分はまだ元気だと思い込んでいる親父は病院へ行くのを拒み、その結果、介護認定は取れず、何時まで経っても介護施設に入れない状態なってしまっていた。

 「ああ、もういい加減にしてくれ!!」と怒りをぶつけたかったのだが、そういえば2017年3月より認知症の疑いがある人は医師の診断を受ける義務が設けられる制度が出来た事を思い出した。試しに調べてみると道路交通法第103条第1項第1号に「運転手が認知症だと判明した場合、その者の住所地を管轄する公安委員会は、政令で定める基準に従い、その者の免許を取り消し、又は免許の効力を停止することができる。」と書いてある。つまり警察と連携させて無免許で運転している親父を捕まえ、親父を認知症と診断させて、要介護認定を受けさせる方法に打って出た。

 幸い、親父はまた車で何処か出かけようとしたいたから、知り合いに同業者に頼んで、親父を捕まえ、医師の診断を受けさせる事をした。無論、無免許で捕まえれば先の処罰が出るのだが、そこは警察官の立場を利用して「逮捕されたくなければ診察を受けろ」という形で何とか済ませたのだ。

 これでやっと要介護認定を貰えると思ったのだが、なんともらえたのは要介護1。つまり介護施設に入れる為の要介護3には届かず、更には「運転出来るのでしたらどんなに見積もって要介護2が限度です。特養に入る事は出来ず、更に日本の場合、要介護が高い順に入居する形になっている為、入居の順番が回ってくるのは要介護3以上になってからの2年後になるのでは?と思われます」と言われ、もう介護施設に入れるのは絶望的だと俺は悟った。

親の地元に移住すべきか?都会に呼び込むべきか?

 車の撤去もダメ、説得もダメ、介護施設に入居させるのも親父が反対している以上頼りにならない。では一体どうするべきか?こうなってくるといよいよ俺達家族が親父の地元に引っ越すか、それとも親父達を俺達の家に招き入れるかのどちらかの選択肢を取らないといけなくなってくる。

 だがそれについて妻に相談してみたところ、「仮に義父家に引っ越す場合、それって娘を別の学校に転校させるようなものよ。折角友達と仲良く遊んでいるのに離れ離れになるのはかわいそう」と娘に対する影響についても考えないといけない。

 「それに今後の収入はどうするの?田舎に引っ越すという事は私たちは地元の会社に勤めて働くって事よ。私たちはもういい年なんだから、再就職なんて難しいし、仮に出来ても今の職よりも収入が低い可能性が高い。距離的に義父の世話が出来るようになってもお金の面で世話が出来なくなれば、何のための引越しか分からなくなるわよ」

 と娘への負担だけでなく、今後の経済的な面についても指摘してきた。そうだよな。現職の警察官の職務を捨て、そして別の企業に転職しようとしても「あなたの技能が弊社にとってどのように役立てる事が可能ですか?」なんて言われても答えようがない。今までずっと公務員として利益の事は考えず暮らしてきたんだ。今更経営や営業について訊かれても答えられようがない。それに俺のような老いぼれを雇うのも一苦労なのに、転職理由が「親父の介護の為」と言えば、明らかに向こうは採用したくないと思うだろう。

 親父の一件以来、俺は自分なりにこの親の介護について勉強をした。徘徊っていう言葉自体知らなかったからな。するとこのように介護を理由に仕事を辞める事を介護離職というのだが、警察官として取り調べをした際に、金銭的な理由で犯罪に手を染める人を数々見てきた。その中に親の介護、つまり介護費や長時間介護の体力的疲労が重なり、休職に追い込まれる人も何人かいた。その際、介護を理由に休む人をいとも簡単に切り捨ている企業の冷酷さを目の当たりにしてきた。ただ話を聞いてみるとやむを得ない点が多いと感じている。というのも実際、転職したての人の早退を何度も許して経営を悪化させた経営者もいて、「俺達は介護難民を受け入れる受け皿じゃないんだぞ!!」と取調室で叫んでいた人も何人か見た。あと会社側からすれば介護する人をサポートした結果、休みの穴埋めの為に他の社員に苦労を掛ける事になり、職場不満が原因で転職したりする人が出てきて、人手不足のこの時代、今まで働いていた社員が転職すれば経営難に陥るのは目に見えている所が多い。つまりそれだけ親の介護は自分だけでなく他人の人生も狂わせる恐ろしい面もあるから、これが広く伝わっている以上、会社は介護を理由に転職してきた人を雇うのは控えるだろうし、つまり俺の転職は成功しないだろうし、しても継続はしない事は目に見えていた。

 となるともう1つのアイデア、親父をウチラの家に移住させる方法だ。ただ親父は「引っ越す必要なんてない」と言って引越しに反対しているし、家の間取りを見ても親父と一緒に暮らすスペースなんてない。となると近くの何処かのアパートに暮らしてもらうという方法もあるが、最近では高齢者お断りを掲げる不動産が多くいて、まぁ、孤立死や徘徊による糞尿を垂れ流しが原因で不動産価値が下がるのだから、入居をお断りする気持ちは理解出来なくはない。それに高齢者が孤立死して腐敗が進めば、事故物件になり、死体が出たという事で既に暮らしている人が別のアパートに移り、大家から言わせればアパートの価値も下がるし、賃貸を取る客も減らす事になるから、経営難に陥るのは目に見えている。実際、高齢者の孤立死をきっかけに資金繰りが苦しくなって夜逃げする人を何度も見たから、親父を引越しさせるのも容易ではない。

 それに肝心なのは妻も生活の為に働きに出ている事だ。つまり家に見張る人がいない以上、親父を野放しにしている事に変わりはなく、都会に呼び込んでも運転する場所が田舎から都会に変わっただけで、どちらかと言えば人口密集地に暴走自動車を呼び込んだようなものだから、逆に不安要素が増えたとしか言いようがない。

 となると親父が介護施設を預けられるよう特養など安い所に入居させるのではなく、先の高い月15万円ほどの介護施設に入れられるように頑張るしかない。ただ子供の教育費もそうだが、公務員というのが副業が禁じられている。だから副収入でお金を稼いで介護施設用の資金を得る事が出来ないデメリットがある。だから当初は家賃の低い田舎に引っ越すと考えていたのだが、田舎で出来る副収入と言えばバイトか、IT系の仕事でしかない。バイトの方は田舎だから人がいないせいで、重いモノを運ぶ仕事が中心だ。しかし俺にはそんな力などない。そしてIT系だが、言わずともパソコンを使うのがやっとの状態だ。それで稼げるIT系のスキルなど持ち合わせていない。結局のところ、八方ふさがりの状態だ。

 「あ、あと、まだウチのおじいちゃんとおばあちゃんは元気だけど、何時倒れてもおかしくない年齢だから、もしそうなったらそちらの方を優先させていただきますからね。」

 ・・・と妻が止めを刺しに来た。そういえばウチには親父とお袋を合わせて、4人の高齢者がいたんだったな。さてどうしたら良いものか。

無免許だと知りながら運転を許す地元住民

 もうこうなったら親父が暮らしている地元の人達の協力を得て、運転させないよう見張ってもらうしかない。本当はウチでやるべき仕事だけど、地方から都会への通勤なんて現実的にあり得ないし、親父達を都会に引っ越す手も親父は反対するだろうから難しいだろう。その為、お袋の知り合いで誰か頼めそうな人はいないかを訊いてみたのだが、

「多分、誰も協力してくれないと思うわよ」

 は?何で?俺は正直耳を疑った。いや、違う、ウチラの家庭の都合を他人に任せようとするんだ、当然と言えば当然の反応だ。しかしやる前からそんな断言出来るなんて、ここの地元の人は他人の関わりたくない人しかいないのか?と思ったのが、どうやら話を聞く限り、もっと深刻な内容のようだ。

 親父が暮らしている田舎は過疎化が進み、住民の半数が65歳以上になっている。その為、現地では買い物難民が続出しており、自分で生活する為には自分で足を確保するしかない。その際、親父は長年トラックの運転をしていた事と買われ、地元の足として地元の人達を病院に送り届けたり、買い物の手伝いをしていたようなのだ。ただ運転免許を俺が返納させてしまったせいで、地元の人達の生活一片、引きこもり状態となり、生活難に陥っていたようなのだ。

 「だからおじいちゃんが車を運転している姿を見て、皆、すごく喜んでいたのよ。近所の農家のおばちゃんなんて、癌で通院が欠かせない状態だったからタクシーだと金がかかると言って泣いて喜んでいたのよ。だから運転を止めさせるよう協力するという事は村八分目のきっかけになるから、誰も協力しないわよ

 と言っており、どうやらウチの親父は自分の運転の為だけでなく、地元の人達の生活インフラを支える足として運転をしていたようなのだ。しかもやっかいなのが、先のおばちゃんはこの田舎の野菜を皆に配る立場にあり、癌でなくなってしまうとここの住民の野菜を得る方法を失う。だから通院して長生きしてもらうのが必須で田舎の人達ってこうやって物々交換する事でお互いを支えあって生活しているのが分かった。

 ふと、親父が運転免許返納に反対した時の事を思い出す。もしかしたら親父は自分だけでなく、皆の生活を支えたい。そういう思いから反対していたのでは?とただ単純に運転免許を返納しようと言いだした自分は軽率だったなと反省した。親父に対する見方は変わったが、でもだからと言って犯罪を見逃すわけにはいかない。俺は親父の長い付き合いである知り合い電話し、運転を止めさせてくれないかと頼み込んだ。しかし

 「お前さんは何もわかっちゃいない。親父さんの息子というよしみで教えてやるが、例え俺がここで”はい”と言っても皆から反対されれば見逃す事をしてしまう。俺だって生活がかかっているわけだからな。村八分目は御免で、監視する人として不適任というわけだ。あと、これはお前さんの家庭の問題だ。俺達には何のメリットもないし、いや生活が危うくなるのだから、デメリットしかない。そんなウチラの生活を脅かすような事を頼んでいるのに、自分達の生活を悪くしない事を前提で頼んでいる。それは流石に虫が良すぎるんじゃないか?正直、この問題は他人に任せられる問題ではない。だからやはり当事者であるあんたらが何とかするべきだろ?」

 そう言われると何も言いかえせない。

 「それにお前さんはまだ恵まれている方だ。普通、無免許で運転している犯罪行為を訊いたら皆不安がってこの町から追い出すという事をしてもおかしくない。そうならないのはお前の親父さんがこの町の為に一生懸命頑張ってきて、皆から感謝しているからなんだぞ。要は俺の場合は聞かなかったことにしてやるが、普通の若いモンになると「高齢者なのに運転している」とか突っかかってきて、そして無免許で運転していると分かれば、何が何でも排除しようという輩が出てもおかしくない。奴らは警察でもないし、責任は取らなくて良いからな。となれば無免許運転を捕まえて、罰金を取らせて、お前らの財産が無くなるまで搾り取る事なんて平気でやるだろうし、そうしたらお前さんは一体どうするつもりなんだ?」

 ・・・要は迂闊に俺達の事を話すなという事だ。確かに俺は高齢者ドライバーが運転して事故を起こすニュースを見て、「直ぐ免許なんか返納しろよ」と何度も思った事がある。もし身近に同じ人がいれば、何故免許を返納しないと突っかかるだろうし、無免許だと分かれば何が何でも排除する動きになったかもしれないな。そうだよな。この手の問題は他人に相談する事ではなく、俺達の家族の間でしかも周囲に知られないように頑張らないといけないんだな。

無免許で事故を起こしたのに釈放される親

 その後の事は色々とやった。例えば車ではなく殺傷性の低いシニアカーに切り替え、それで運転してもらうという事。しかし親父は反対するし、更にシニアカーを販売している所からは「本人の同意書が必要です」と言われ断られる。更に仮に買えたとしても本人が『車の方が便利だろ』と言ってしまえば御蔵行きだ。

 その為、次にガレージに鍵付きのシャッターをつけて、車の鍵ではなくシャッターを開けさせない事で運転出来ないようにしようとしたが、地主や家主の許可が必要で、当然両方とも親父。だからシャッターで防ぐという方法も断念した。

 そんなこんなで解決が長引き、お袋には長い間、親父の世話をさせてしまい、結果、お袋も心労がたたり長期入院を余儀なくされた。今、親父は1人で生活している。大変深刻な事態だ。その為、仕事を切り詰め、何とか親父といる時間を増やそうと頑張っていたのだが、ある日、警察から『親父が人を轢いた』と連絡が入ったのだ。

 ついに恐れていた事態が起こり、病院に駆け付けたところ、幸い被害者の命に別状はなく、ただ当てただけだった。しかし親父は自分が人をはねた事に気づかず、被害者自身が通報して命拾いした事だから、これはどう転んでも言い訳が出来ない。親父は過失運転傷害罪の疑いで逮捕される事を腹にくくった。ただそんなウチら家族の今後の将来について案じていた際、担当警察官が罰金を払えば親父が釈放されると言ってきたのです。

 担当警察官に訊いてみると「お父様は認知症の診断を受けておりますよね?認知症の場合、民法713条の規定により認知症を患っている方に賠償責任を負わせる事が出来ません」と言ってくれたのである。そういえば認知症を抱えている人だと責任能力がないって事で罰金刑の身で終わらせる場合もあったな。警察官として肝心な事を忘れていた。だが当人に対する責任能力が無くても、無免許の状態で運転していた事を知っていたわけだから、当然、家族に賠償責任が発生する。その点はどうなるのか?と訊いてみたのだが、

 「本来なら民法714条によりお父様を監督する義務のあったご家族にも責任はあるのですが、ただ当時奥様は病院に入院しておりましたし、他の家族の方もお父様とは別居状態だったので、損害賠償責任が発生しないのでは?」と言ってきたのだ。

 確かに無免許で運転する危険性は知っていた。しかしそれが別居や入院などで親父が一人でいる状態だと対象外になる。なんて事は予想外だった。だから対象外?という言葉を聞いて、不謹慎だが安堵してしまい、ただ一方で1つの懸念点に行き当たる。

 「あの・・・それって、例えばウチラが親父の暴走に疲れて、わざと同居しない状態にしたら賠償責任を負わなくても良い、という事なのですか?」

 そう、実際、俺達は親父の認知症で疲弊している。出来る事ならこのまま放りだして何処か遠くに行きたいなんて日常的に思い始めている。なのにわざと同居しない方法を取る事で責任逃れで出来るのであれば、当然ウチラだけでなく、同じ悩みを抱えた他の家族もその方法をとってしまう。だから今回の事件は危険運転をする認知症高齢者を放置させる判例を作る事になりかねない。ウチラへの賠償請求はなくなっても、今後、この日本社会においては認知症の親をあえて放置する、正にそんなリスクを生む事をしたのではないか?と俺は目の前に警官がどんな返事をするのか、気になっていた。そして

 「そんな風に考えないで下さい。今回の判断に至ったのは被害者の方が”このままだと通院が出来ない”って親父さんの事故を穏便に済ましてほしいという話があったからです。本当だったら我々警察は何が何でも親父さんを立件する方法を見つけるのですが、今回は逆に親父さんを立件しない方法になっただけですので、その辺はお忘れにならないように」

 まぁ、そうだよな。でないと皆、賠償請求を避ける為、別居する方法をみんな採るもんな。特別措置でないとマズイ。だがそう思う一方で、もし被害者が親父の事を許さず、このまま裁判沙汰になったらどうなっていたんだろう。さっきも話したが日本の裁判は過去の判例を元に今後の判決を決めてくる傾向がある。だから今回、もし親父の無免許運転を知りつつも、同居していなかった事を理由に無罪となれば、恐らくその後、認知症高齢者の運転を放置する輩は現れるだろう。そしてそんな人達は無罪。もしそんな事になれば日本社会は無免許運転の親をあえて止めない家族を許す。そんな風潮を生みかねない。今回の件は申し訳ないがこれで済ませるとして、ただ一方で世間的にこのやり方が常態化すれば、高齢者ドライバーの被害にあった被害者が泣き寝入りする事になる。そんな社会はあってはいけない。親父の今後の運転もそうだが、この手の問題の判例を悪い方向に進めさせない為にも、何か良い方法を見つけなくては。

高齢者ドライバーを逮捕しない方針を固める警察

 しかし無罪放免になったとは言え、この事は上に知られ、現役警察官が何故無免許運転を放置していたのか?それを報告するよう求められた。その為、俺は今までの出来事、運転免許を返納すれば解決すると思った事、運転しないと認知症を発症するリスクが高まる事、そして親自身運転免許を返納した事を忘れてしまい、そして無免許でも車が買える事など今まで自分に直面した問題を出来る限り記載した。

 後日、会議室に呼ばれ、恐らくだが辞表を提出するように求められるだろうと思い、この日の為にもう辞表は書いてある。もう腹は決めた。そして会議室に入り、退官しろと言われるのを覚悟に上官の話を聞いていたが、事態は自分が思っていたのとは違う方向へと進んでした。

「君の報告書は読ませてもらった。大変興味深い内容だったよ。」

 会議室に入って早々、多分一番偉い人が俺にそう声をかけてきた。今までこの手の警察官の不祥事に対する処分報告は直属の上官から内密に言い渡される事が多いのだが、会議室には上層部の人がかなりいて、どうやら俺の問題は個人的な問題としてではなく、組織的な問題として捉えているようだ。

「本来であれば君を退官処分にする所だが、今回の件に関しては我々は別の見方を持っている」

 話を聞く所によるとこうだ。確かに俺は無免許運転の親を放置した。しかしそれは悪意のある所業ではなく、親父の認知症による病気の面もあれば、社会制度の不備の面が強い。その為、自分をただ処分するだけでは一過性に終わってしまい、根本的な問題解決にはならない。その為、目の前の上官は親父の不作為の罪の処分を取り下げ、認知症ドライバーに対応する模範例を作る名目として自分への処分を緩和する決定を下したのだ。

「しかしそれでは我々警察の存在意義が疑われます。現に彼は父親が危険運転をすると分かっておきながら放置しております。となれば現行法にのっとり賠償請求を課すべきです。警察としてあるまじき行為をした以上、比較的軽い対応をするのは警察の本分に反する事なのではないのでしょうか?」

 その場に居合わせた別の警察官が声をあげた。どうやらこの方針についてはまだ全員賛同というわけではないようだ。ただ上官はその疑問に答えるかのように返答する。

「確かにこの決定は警察官としてあるまじき行為だ。無論、多用するつもりはない。ただ私が今回着目するべき点は現行法では警察は高齢者ドライバーへの罰則を軽く終わらせ、そのツケを高齢者の家族に押し付けている状態にある。

 今回の場合、認知症高齢者が危険運転により犠牲者が出たにもかかわらず、罰則金だけで終わらせ、その後の事故処理は高齢者の家族にやらせている。高齢者ドライバーに対する負担は彼の報告書で見る限り、四六時中の監視が必要で決定的な解決策がない状態だ。なのに警察は拘束力が弱いせいで、危険運転をする可能性のある高齢者を早期釈放し、更には監視の役割を持つ家族に罰を与え、再発の危険性を高めている。正義を執行して世の中をよくするはずが、逆に世の中を悪くしている。これは改めなければならない」

「となればやはり高齢者ドライバーを逮捕する方針で・・・」と若い警察官が語りだしたが、その言葉を上官が止める。

「確かにひき逃げ、特にそれが原因で死亡者も出たのであれば逮捕するべきと考えるのは当然だ。事実、池袋の高齢ドライバーの場合、加害者を直ぐ逮捕せず、その警察の対応に世間からの批判が相次いだ。悪人の即時糾弾。これは誰もが望む事だろう。だたその上で君達に問いたい。もし仮に君達が今、池袋のような似た事件に遭遇した場合、高齢ドライバーを即逮捕するかね?」

 この問いに対し、この会議に出ていた大半の警察官は黙ってしまう。そして俺のその中の一人で死亡者が出たにもかかわらず逮捕しない方針をここにいる皆が決断している状態になっていた。なぜひき逃げ、特に死亡者を出したにもかかわらず警察は高齢ドライバーを逮捕しないのか?言い訳でしかないのだが、池袋の高齢ドライバーの事故は俺も関心を持っており、ネットで調べたことがある。すると池袋の高齢ドライバーは骨折をしていたと書かれていて、つまりドライバーにも事故で負傷した、と見て取れる。

 それがどうした?と言いたいかもしれないが、となるともし俺が当事件の担当者になった場合、俺は話がおぼつかない、しかもケガを負った高齢者を相手にしていたという事になる。そうなると俺の場合『もしかしたら事故を起こした衝撃で頭を打ったかもしれない。話もおぼつかないし、相手は高齢者だ。病状が悪化して昏睡状態に陥る危険性がある。大事に至る前に病院に診察してもらおう』と逮捕を後回しにするだろう。

 犯罪者の即逮捕。それは俺が警察官になる前に抱いていた理想像である。しかし警察官の仕事をしているうちに、犯人の即時逮捕を優先した結果、病状が悪化して帰らぬ人になるケースも多々あった。犯罪者が世の中から消えるのだから良い事なのでは?と思うかもしれないが、その場合、被害者に遭った人たちは事件の真相も知ることが出来ず、更に問題なのは被害者が死亡している場合、事件の詳細について知っているのは加害者のみになってしまう。その加害者すら事情聴取が取れない状況では罪を糾弾する事が出来ず、更に再発防止の検討も曖昧なモノになってしまう。被害にあったのに事件の詳細や再発防止も検討できない。こんな理不尽な事を被害者にあって良いものか?と何度も思った。だから不本意だが加害者を助け、同じ事件の再発に防止しようと考えているのが今の警察なのである。だから出来れば加害者の容体についてメディアは書いてほしくて、更に何で逮捕しないのか?その辺の理由についてメディアには語ってほしいのだが、どこも書かれてなく、上級国民という優遇措置があったという流れになっている。だから事件の詳細が曖昧であり、あらためて、ここにいる警察官は池袋のような事件に遭遇したとしても、即逮捕という決断を下さない、というより『逮捕するのは時と場合による』というのが本音だろう。

「今の質問に対し、全員、即逮捕の決断をしなかったことに、皆が職務を全うしている事が見れて誇りに思う。

 ただ一方で残念な点もある。それは結局のところ、警察官は認知症高齢者に対しては被害者の納得いく措置を取る事が出来ず、泣き寝入りに近い対応をしてしまう事だ。加害者の即逮捕。これは誰もが望む事だ。しかし加害者の容体を無視して逮捕手続きをすれば、体調の急な変化で帰らぬ人になる恐れもある。無論、そんなリスクを心配している場合か!と怒る人もいるかもしれないが、それでは警察は犯罪者と変わらない。我々警察は人権の保護の為、例え犯人がナイフで襲ってきても、制圧術で対処しなければならず、そして刑務所に投獄する際も犯罪者の更生を目的として対処しなければならない。でなければ犯罪で犯罪を返す、刑務所の件も更生目的を無視すれば犯罪者を監禁するのと変わらない。あくまで法律に乗っ取って対処しなければならないのが警察だ。だからこそ、今回の高齢ドライバーの件に関しても事故を起こしてケガを負っているのであれば、被害者には申し訳ないが、逮捕よりもケガの治療を優先しなければならない。京アニの犯人も自身に負った火傷で長期入院し逮捕しなかったからな。不幸な事にこれが高齢ドライバーに対する現警察の対応と言わざる得ない」

 そう、本当に認知症高齢者に対する対応は困難を極めている。それは高齢ドライバーだけでなく、正しく正常な判断が出来なくなった高齢者の場合、暴力沙汰や万引き、そして自宅をゴミ屋敷にして異臭や、最悪の場合、火事になり、周辺住宅が被害に遭うなど様々な問題を起こしている。そして高齢者を逮捕しても今の刑務所は高齢者ばかりにあふれ、受刑者が受刑者を介護したり、中には『刑務所を終の住処とする』などと断言する人もいる。正直、犯罪者に罪を償ってほしいと思っていた俺にとってこの現実は刑務所という名の介護施設に入居させたような感覚で罪滅ぼしとは一体何なのだ?と考えさせる事になった。

 そしてその答えの1つとして犯罪者には正常な判断が出来るよう治療する、つまり高齢ドライバーを即逮捕せず、治療に専念させるという考えに行き着く。無論、このやり方に納得しているわけではないが、恐ろしいのはもしかしたらこの手のやり方が常識になってしまう点である。今は各現場の警察官の判断によって決める事になっているが、今の刑務所では刑務官の人手不足が深刻化しており、犯罪者を更生させる環境としては不十分なんて話も出ている。そしてその解決策の1つとして『犯罪者をやたらと刑務所に入れる事がおかしいのではないか?』と刑罰の見直し。つまり犯罪に対する軽減とも取れるような措置を下す恐れが将来あり得るという声も出ているのだ。

 基本的人権の尊重。憲法で定められている以上、警察官はこれを守らなければならない。そして犯罪者更生施設の機能が不十分と判断されれば、認知症高齢者への刑罰の緩和など、こちらの事情で罪が軽減されるなんて事にもなりかねない。だからこの高齢ドライバーの件でもそうだが、病気などで犯罪に至った犯罪者の場合、出来る限り、社会復帰させ、刑務所に送る人の数を減らす事も頭に入れておかないといけない。ただ当然、被害者の泣き寝入りが裏である為、正直後ろめたい気持ちでもある。

「さて高齢者ドライバーへの対処についても課題は多いが、私はほかにも独居老人の存在を懸念している。今回の一件は家族がおり、高齢者の危険運転を止める流れになっているが、独居老人には家族がいない。つまり自分達の生活の為に運転が必要であり、認知症になっていれば危険を運転をし、誰もそれを止めない問題が生じる。警察は今後、この独居老人に対する取り締まりに注力していく事になるだろう。

 しかし警察の数も無限ではない。独居老人に力を注いだ結果、家族がいる家庭への対応が疎かになっていく可能性がある。更に2025年には団塊世代の高齢者がピークを迎えるという事で更なる独居老人が生まれると言える。となれば警察の対応が遅れ、『認知症という事で逮捕しない』と簡易的な対応をする輩も現れるだろう。この問題に対し、警察は危険運転の高齢者ドライバーを逮捕しない方針が強くなるリスクが潜んでいる」

 色々と長くなったが要は目の前の上官は高齢者ドライバーが比較的に軽易な罰則で終わってしまう為、危険運転のリスクを完全に取り締まる事が出来ない。そして高齢者の数が更に増えていくとされている以上、更に高齢者ドライバーを野放しにせざる得ない対応を取る可能性がある。世間から言わせればこれは『警察は高齢者ドライバーを逮捕しない』と揶揄させる可能性がある案件と言える。その為、多分だが、この上官はそんな事態を避ける為、何かしらの対策を打つべく、俺を比較的に簡易な罰で終わらせようとしているのだろう。

「このように警察は高齢者ドライバーへの対応には限界がある。その為にも世間の人達は警察をあてにするのではなく、自分で解決する力を身に着ける必要があり、運転免許を返納すれば解決する考え方を変えさせる必要がある。だからこそ私は個人で解決出来る方法を提示する為、今回、彼に処分を下すのではなく、事態を解決する模範例になってもらう選択をした」

「・・・今回の処遇に関しては感謝しておりますが、しかし報告書にも書いた通り、私自身、色々頑張ってきましたが、中々上手くいく解決策が見つからず・・・」

「いや、確かに個人的な解決方法は私自身、今持ち合わせていない。後に専門家と議論し、そして有効な解決策を模索するつもりだ。ただ私が1つ考えているのは、貴官の言うとおり、高齢者の危険運転は家族一丸となっても解決が難しく、更に警察も不十分な対応をするリスクが潜んでいる。高齢者ドライバーへの対応を更によくする為にも社会制度の改革も必要だと思われる。となれば貴官の話を元に新たな改革を行えるかもしれないと判断した。まだ具体的な方法はないが、今後、世間に訴える上でも君を処分するより、何かしらの模範例として使わせてもらおうと思う」

 と言って、この会議は終わった。警察でもお手上げの案件か。確かに現行法では警察は危険運転をしたドライバーへの処罰は甘くなってしまう。となれば法律を変えないといけないという考え方は賛成できる。世間では認知症高齢者が運転出来ないよう、当人の指紋やICチップがないと動かないようにする方法を提示している声をよく聞く。高齢者ドライバーの運転は世間から危険視させている以上、世間が味方してくれるだろうし、となれば俺自身、そんな時代になった場合に備えて、皆の参考となる模範例として頑張っていくか。

高齢者の運転規制に反対する日本国民の例

 あの会議から数日後、「来て欲しい所がある」と先の上官から呼ばれ、今、公共施設の大会議室の前にもいる。入ってみるとそこには大手自動車メーカーの社長や大物政治家が多数座っており、

「また高齢者の事故ですか?アイツらは何故、歳をとっても運転するんだ?」

「要は買い物難民だろう。自分達が生活する為には運転が欠かせないというアレだ」

「しかし今回は子供が危うく死にかけたんですよ。それなのにアイツらは子供の命より自分達の生活を優先する。これはもう免許更新時の検査だけでは限界というわけですな」

 話を聞く限り、どうやらこの会議は近年多発する高齢者の運転に関する法案について話し合う有識者会議のようだ。なるほど、だから高齢者の運転に悩んでいる俺が呼ばれたわけか。ただ話を聞く限り、あまり期待するような話になっていないというのも

「やはり特定の年齢になれば強制的に免許を剥奪するというのはどうかな?」

「基本的人権の尊重の侵害にあたる。剥奪ではなく、免許更新時の費用を高く設定するというのはどうかな?」

「それでは効果がある薄い。思い切って自動車の廃棄を促し、殺傷性の低いシニアカーに変える方法なんてどうかな」

 と話していた。ここにいる人達はそうやって談笑しているが、しかし会議が始まり俺が話す事になった途端、笑みが消える。今まで話した内容が既に俺がやってきた事であり、それが根本的な解決策にならず、更に悪化する1例があると知り、その場にいた政治家たちは黙り込んでしまった。

「・・・つまり運転免許を規制しても意味がない、って事か?」

「認知症が原因で正常な判断が出来ない上、更に責任能力がないから直ぐに釈放・・・。更には無免許でも車を購入出来るから、また同じ事故の繰り返し・・・」

「無免許でも購入出来る件はこちら側で対策を練ります」

「・・・要は認知症高齢者の場合、物理的に運転出来ないようにする。そういう事でしょうか?」

「となりますと、例えば自動車に運転免許が無ければエンジンが起動しない。そういう機能にすれば、免許を返納した高齢者は動かせないという事になりますな」

 おお!!っと参加者から笑みがこぼれた。

「なるほど、となれば運転免許証のICチップ、または当人の指紋などでエンジンが起動する様に設定すれば、免許返納者は運転出来ないって事だな。」

「ははは、確かにそれは良い。これなら法案を作らずとも自動車メーカーで、専用のシステムを開発して、そして売りだせば問題はなくなるわけですね。良かったですね。社長。新しい販売戦略が見つかりましたぞ」

「はい、こちらとしては今後の開発の視野に検討したい思いますが、ただ少し気になる事があります。仮にそれで免許返納者で仕分けをする場合、免許返納者のデータをこちらにお渡していただけるのでしょうか?」

「「「!?」」」

 ?・・・何故政治家の人達はそんなに驚いた顔をしているんだ?と、そう疑問に感じたが、直ぐにその疑問が解けた。

「要は我々国が管理しているデータを民間企業にお渡しする・・・という事ですかな?」

「はい、国民のデータは公共管理物と言えます。易々と外部に漏らす事は許させませんし、仮に情報漏えいの問題が発生した場合、業界全体を揺るがす大事件になりかねません」

 要は免許返納者に車を売らない為にも自動車業界は免許を返納した高齢者のデータを持たなければならない。しかしそれは言いかえれば国民のデータ。本来各都道府県の公安委員会が管理しているのだが、民間企業とそのデータを連携する場合、警察経由でやり取りする事になる。つまり万全なセキュリティーになっているシステム開発を行わないといけないというわけだ。

「暗号化してお渡しするという方法もありますが、年金機構の情報漏えい以降、国民は公共団体の情報管理能力には疑問を抱いていると言えます。恐らくですがデータ提供に対する反対運動が起こると思います。またもし仮にその難所を越えて、我々民間企業がそのデータを使えたとしても既存のシステムに新しく組み込む必要がありますし、セキュリティーの観点から費用は数億円規模に上ると思います。財源はどうなるのでしょうか?」

 皆黙る。要は公共系のデータを暗号化して民間企業に渡すという方法はあるが、年金機構のデータ管理の杜撰さについては国民の信頼は回復していないと言える。反対する人が出てくるのは必須だろう。その上、データ管理に莫大な費用が掛かるわけだから、予算確保の為に現在の公共サービスの削減、または増税という話になる。果たして国民は高齢者の運転を無くす為に増税を受け入れてくれるのかと指摘しているようなのだ。

「そうだ!高齢者ドライバーの免許更新時の費用をあげて、それを財源にしてみてはどうだろうか?」

「何を言っている。日本は少子高齢化社会だぞ。高齢者の数が多い分、民主主義である以上、そんな高齢者だけが負担するような政策は高い確率で否決される

「またもう1つの懸念材料として既存の運転免許無しで動く車への対処はどうしましょうか?仮に全ての自動車を改修する場合、当たり前ですが全ての車を点検しないといけなくなります」

 今回の場合、車の機能の問題ではない為、リコールの対象にはならない。その為、全ての車を点検する為には助成金や補助金など点検した場合の特典を作るしかない。つまりここでもまた増税の要因を作るわけだ。更に補助金だけでは効果が薄い。なにせ一番肝心の認知症高齢者が「自分は認知症ではない、運転出来る」と思っているのだから、肝心の車だけは規制されない事になる。つまり全ての車を点検するというのは現実的ではなく、効果が薄く、ますます国民は増税に反対してくるという事になる。

「野党は恐らくその部分をついてくるでしょうな。『果たして、本当に運転免許がないと動かない車は増税してでも必要なモノなのでしょうか?』とね」

「我々が管理している自動車や、ライバル社と掛け合えばメーカーの方では何とか出来ます。しかし外資系の車となると日本レベルではなく、世界レベルでの協力が必要になります。更に我々の管轄外である中古車市場となるとどうしても手を付ける事は難しいです。そんな事をしている時間があれば、自動運転の実現に注力した方が圧倒的に早いです」

「正直、自動運転技術が実現するまで、事故が起きないよう踏ん張った方が良いのではないでしょうか?」

「まぁ、確かにそれなら高齢者が運転する危険は減るから、全ての車を回収するより現実的だな」

 おいおい、折角高齢者の運転に向けて頑張ろうとしているのに、国民は反対するだろうから止めるってあまりにも諦めが早くないか?

「いや、これはやるべきでしょうな。確かに今までの経験上、税金を使う話になれば国民は反対し、法案は否決される可能性が高いですが、だからと言って認知症高齢者を怠ってよいという理由にはならない。その為、我々は例え低確率であっても認知症高齢者の危険運転への対応を実施しないといけないと思いませんか?」

 そうそう、政治家の中にもちゃんと発言してくれる人はいるんだな。

「だからこそ、せめて国民が高齢ドライバーへの対策に反対したという事実は作るべきだ。例えこの会議で免許証と連動した自動車販売の法案を作り、残念な結果になっても、それは国民が選んだ事だとね」

「そうですな。例え高齢者の数が多く、法案が否決されてもそれは我々の責任というより、国民の問題。仮に問題が起こっても政治家ではなく社会がおかしいという事になりましょうな」

「そう、要は国民が高齢者ドライバーの規制を言っておきながら、最終的には国民自身がその法案を否決する。そういう構図を作る事が大事だ。結局のところ、国民が『問題だ』と叫んでも自分達への負担がある事を知ると、手のひら返しをしてくる。我々はよくそれで辛酸をなめられましたな」

「必要だと言っておきながら、手のひら返しをしたという事実は作るべきでしょう。認知症高齢者の運転規制には増税が必要です。と言ってこの問題が鎮静化するのも良し。そして仮に具体案を決定する上で野党からの反対があり無かったことにするのも良し。そしてその手の問題が運よく乗り越えられ、法案が可決されるようになればそれもまた良い。少なからずせめて我々政治家は「必要な事はやりました」と言えるようにしておく必要がありますな。今後はその方針で政策を練りましょう」

 会議が終わって俺は外に出る。一部始終話を聞いていた失望感を抱いていた俺に上官が語り掛ける。

「お前は今回の会議を見て、どう思った。いや、訊かずともその顔で分かるな。俺自身、何度もこの会議に参加し、同じような光景を見てきたが、その原因として日本は少子高齢化社会で高齢者が人口の大半を占めている。となれば多数決で高齢者が有利な法案が出来、今回の場合、高齢者の運転を取り締まるこの法案は高い確率で反対される。先の増税の件もその1つで、高齢者を物理的に取り締まるのは難しいだろう」

「・・・難しいだろうって、仕方がないと言いたいのでしょうか?」

「国や警察をあてにするな。と言いたいのだ。先の話を聞いたのならイメージがつくかもしれないが、お前が仮に向こうのメンバーの一人だったとしてどんな提案を投げかけられる。この問題は予算や時間、そして当事者は認知症によって正しく判断できない状態にある。これは第三者が介入して直ぐ解決できる代物ではない。

 そして私が更に懸念しているのは、この手の問題が先送りされ、そして世間が先送りした理由を知れば、ヘイトクレイムによる運転をする高齢者に対するバッシング行為が激化するはずだ。相模原の障碍者施設への襲撃もそうだが、世の中には自分の気に入らないモノを排除する輩がいる。そして今回の場合、警察や法律が取り締まれないとなると、ますます犯罪行為に走る輩が現れるはずだ。となれば警察はその手の業務に忙殺する事になる。高齢者ドライバーの取り締まりは更に難しくなるだろう。

 私の結論としてこの問題は当事者が個々に解決しなければならないと見ている。だから『国が解決してくれる』と待ちの姿勢で構えていると痛い目に遭う。誰かが何とかしてくれる、と安易に考えるのではなく、自分自身でこの問題を解決する、そんな意気込みでやらないと取り返しのつかない事になると思うぞ」

高齢者ドライバーの社会問題の深刻さ

 あの会議室でのやり取りから数日後、今、俺は親父と一緒に実家で暮らしている。あの日以来、噂を聞きつけた近所の住民(若い人)が「あんたの親父、無免許で運転しているのか?」と怒鳴りこんで来たりしていた。そりゃ、人を轢いたのに本人に刑罰が下されず、更に直ぐに釈放されたと聞いたら誰もが不安で仕方がないと思うのは当然だ。

 いつかの親父の知り合いが話した通り、高齢者なのに運転している、そして無免許で運転しているなんて話したら、「出て行ってもらう」と言ってきた。しかし親父はここから出ないし、更に無免許の時に捕まえると言っても、四六時中見張るのは体力がいるし、更にそれで俺達の財産を食いつぶしても、生活保護を受ける資格が逆に生まれるから、君たちの税金の負担が更に増えるんだよと伝えたら、一瞬固り、そして俺をまるで悪魔を見るような目つきで睨んで来た。

 そう、あの日以来、俺は更にこの問題の深刻さについて考えた。現在のところ、高齢者ドライバーが運転する場合、運転免許を返納しようという声がまだあるが、仮に運転免許を返納させたら認知症という犯罪免除という状態になり、家族、警察、恐らくだが行政も止める事が出来なくなる。

 となれば次に世間が考える事は「犯罪者の財産を枯渇させる」、言わば無免許運転している所を片っ端から見つけ賠償金を支払い、車が買えなくなるくらいの貧困に追い込むと考えるのだろうが、日本には生活保護という制度がある。要は例え相手の全財産を枯渇させてで憲法で生活する上で最低限の保障をする事になっているから、俺達の税金の出費が増やしてでも、相手を追いつめる必要性があるか?という事だ。高齢者の無免許運転も同様で車を買えなくする事で交通事故によるリスクを減らしても、俺達が受ける行政制度の恩恵が少なくなり、別の形で被害がやってくるという事を頭に入れておかないといけない。

 それに生活保護以外でも認知症高齢者の中にはまともな生活をする事が出来ず、家をゴミ屋敷にしてしまい、町の風景を壊したり、近隣住民を異臭で体調不良を起こさせたり、また火事になりやすくなるから、隣接地帯が焼け野原になるリスクまで生じてしまう。

 それ以外にも判断能力がない高齢者だとして、犯罪の隠れ蓑、また詐欺などの被害に遭いやすく犯罪組織の新たな資金源になりかねない。つまり認知症の高齢者を排除するのではなく、認知症にしない事が重要で、運転免許返納による認知症発生率を極力抑えていく、また認知症になっても犯罪発生率を抑えていく、そんな政策が今後必要になってくるだろう。

 だから俺はもう借金をしてでも親父を介護施設にぶち込む事にした。先の会議室でのやり取りでお偉いさん方は「先ずは有料老人ホームに入居させて、費用の安い特別養護老人ホームが空いたらそこに転居する」そんな方針を打ち出してくれた。確かに親父をこのまま野放しにする事は出来ないし、介護相談員の話では目安として2,3年と言ってくれたので、2,3年であれば、有料老人ホームであっても何とかなるかもしれないと思った。

 怒鳴りこんできた若い人にはその事を伝え、更に運転免許を返納しても解決しない事実についても伝えた。向こうは納得しなかったが、問題が収束に向かっている事を感じて、それ以上追及してこなかった。

「JR北海道は路線の縮小を決定いたしました。」

 先のやり取りの後、家に戻り、親父が何処にも行かないよう一緒にテレビを見ていた時だった。JR北海道が路線を縮小するニュースが入り、これでますます北海道民は自分達の足で生活しないといけなくなったと話していた。俺から言わせればそれは車の利用者を増やし、必然的にウチの親父のような危険運転を増やす事に繋がるのでは?と懸念していた。いや、北海道だけでなく、最近ではバスの運転士不足や収益が伴わない為、撤退を余儀なくされる地域が増えている。となれば過疎化した地域は更に車での移動を余儀なくされる。今後日本はますます車の利用者を増やす国になっていくのかもしれないな。

「自動化運転の現状」

 是非とも自動運転は実現してほしいモノだ。今の親父は運転出来るような状態ではない。しかし路線縮小や宅配サービスの縮小によって社会とのつながりを断たれれば親父だけでなく、高齢者の生活も大きく変わってしまうのではないかと思う。せめて外出する際は機械による運転で高齢者の生活を支えるような事をしてほしいモノだ。ってあれ?

 ・・・ふと横を見てみると、さっきまで一緒にいた親父の姿がない。トイレかと思いきやトイレに明かりがついていないので、「どこに行ったのかな?」と思っていたら、「ちょっと会社に行ってくる」と外から声が聞こえた。

 ・・・今の言葉を聞いて慌てて外に飛び出してみた。すると親父はもう車に乗っており、もう車がガレージから半分出ている状態だった。急いで駆け付けようとしたが、親父は俺の声が聞こえないのか、急発進して家から飛び出し、そのまま暗闇の中へと消えて行った。

 「嘘だろ・・・」

 今の時間は夜11時。会社など開いているわけがないし、何よりも親父は会社を10年以上も前に辞めている。親父はもう冷静に判断出来る状態にないと言わざる得ない。今回はテレビに夢中になっていた僅か数分足らずの内に起こった出来事だった。そして夜の時間帯も運転するリスクがあるという事は俺は四六時中休まず監視するしかなくなる。『寝るな』って事か?俺が親父の近くにいれば大丈夫だと思っていたが、俺がトイレに行っている時や、風呂に入っている時や、いや俺が寝ている時は、一体どうやって親父を監視すれば良いんだ?

 親父が動けないように拘束するしかない?いやそれだと高齢者ドライバーの模範例に反してしまう。いや、その前に親父が何処かに行ってしまったんだ。警察に連絡して、何処に行ったか探してもらうべきなのでは?いや、それだと周囲の人に知られ、危険視される。いや、でも事故が起これば警察は親父が無免許なのにそのまま釈放し、そして事故を起こしたというニュースになり、皆に迷惑をかける事になるのでは?

 やはり警察に連絡して親父を探してもらうしかない。とそう思っていた矢先にスマホから妻からのメールが届いた。

「ウチのお父さん、ずっと前から認知症を患っていたらしく、お母さんがずっと世話をしていたそうなの。でも体調を崩し、もう誰かが見てもらわないといけないくらい深刻な状況なの。ほんとどうしよう。ウチのお父さん、お母さん、お義父さんの運転で大変だからって事でずっと黙っていたみたいなの。だから今、病院の先生から『もっと早く来てくれれば』と言って、多分、これから介護施設に入居するかどうか今度考えないといけないけど、申し訳ないけどこれからの事について相談させて」

 もうダメだ。親父だけの介護費なら何とかなると思っていたのに、今度は妻も家族の分まで来ると到底耐えられない。それに親の介護の事だけでなく、娘の教育費についても考えないといけない。こうなってしまった以上、通う学校だってもう安い所しか行かせられない。いや、もしかしたら将来、大学の費用が払えないから高卒で頑張ってくれなんて言わざる得ないかもしれない。つまりそれは娘の将来まで閉ざすような事になる。なんで、なんでこうなってしまったんだ。と目から涙があふれ出てきた。

 もっと、もっと運転免許を返納した後の生活を考えるべきだった。軽率に危険だから免許を返納しようと言わなければ、親父はまだ認知症にならず、せめて娘が大学卒業するまで元気だったかもしれない。生活に関してだって俺が必要なモノを送り届ければ、運転する回数が減り、事故が起こる確率を減らせたかもしれない。ただ単純に返納しろを迫るのではなく、なぜ免許を返納すべきなのか?その辺をもっと意識して説明していれば親父は納得したかもしれない。今思い起こすと「危険だから運転を止めろ」なんて本人のプライドを傷つける説得にしか聞こえない。やはり本人を説得する為には、何故辞めるべきなのか?そこを真剣に考えるべきだった。甘かった。全てが甘かった。そして俺だけでは支えきれない介護費が発生した以上、もう遅い。全てが遅すぎた。俺はもう家族を支えない最低な大黒柱になってしまった。

 家の中からテレビの声が聞こえてくる。

「・・・警察は認知症の疑いがあると見て、慎重に捜査を進める方針です。」

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